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Subtitle が発表されてからしばらくの間、私はこの曲を聴くことができなかった。
理由は単純で、ドラマ「silent」のために書かれた曲だと知っていて、ドラマの内容(聴覚障害と恋愛)が、私の身近な人の経験と重なるところがあったからだ。曲を聴くたびに、その人のことを思い出してしまう。それが嬉しい時もあれば、辛い時もある。曲のせいではなく、自分の心の状態のせいで、聴ける時と聴けない時がある。
そういう曲が私には何曲もある。Subtitle は、その筆頭の一つだ。
楽曲の力が大きすぎるから、こういうことが起きる。BGM として軽く流せる曲は、こうした感情の起伏を起こさない。Subtitle は、聴くたびに何かを思い出させる、聴き手の側の準備を要求する曲だ。
これは批判ではない。むしろ、楽曲の力としては最大級だ。音楽が、聴き手の人生に重く介入してくる瞬間 が、稀にある。Subtitle は、私にとってそういう瞬間を作る一曲だ。
数年経った今、私はこの曲を以前より落ち着いて聴ける。曲は変わらないが、私が変わった。曲が私の人生の一部になった。