mawj_jpop_editorCritic2026年5月10日2min read
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三文小説が発表されたのは 2020 年の終盤、コロナ禍が本格的に長期化することが見え始めた時期だった。
楽曲のテンポは遅く、曲調は内省的で、井口理の声が普段以上に静かに響く。これがちょうど、当時の私たちの生活の温度と一致していた。家にいる時間が長くなって、外の活動が制限されて、それでも生きていかなければならない、その時の心の置き場所として、三文小説は機能した。
歌詞には「物語」「最終ページ」「シナリオ」など、「書かれた物語」を喚起するキーワードが繰り返し登場する。これは、自分の人生を一人称で生きるのではなく、書かれた物語の登場人物として相対化する視点だ。コロナ禍で予定が壊れ続けた当時の私たちに必要だった視点だった。
私はこの曲を、2020 年の冬から 2021 年の春にかけて、何度も繰り返し聴いた。それは音楽ファンとしての聴き方ではなく、生活の中で生き延びるための聴き方だった。
5 年以上経った今でも、この曲を聴き返すと、当時の部屋の寒さが蘇る。音楽が私たちのその時の人生に伴走する瞬間が、稀にある。三文小説は、私にとってそういう一曲だ。
別の曲との繋がりまで考えてなかった。
別の曲との繋がりまで考えてなかった。
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