Mrs. GREEN APPLE『10』:10 年で更新された J-POP の現在地Mrs. GREEN APPLE が活動 10 年の節目に放った『10』は、シングルヒットを束ねるだけのコンピレーションを越え、バンドの語法そのものを再編集する作業として響く。 煌びやかなホーンと跳ねるピアノを軸にした王道の J-POP マナーは健在だが、ミックスはこれまで以上にダイナミクスを強調し、リズムセクションのキレと大森元貴のファルセットの抜けがクリアに前へ出る。アンセム性とパーソナルな手触りを同時に成立させる作家性が、収録曲の並びの中で連続的に現れる。 過去曲のセルフカバー的再録と新曲を併走させる構成は、「人気バンドが今この瞬間に何を残すべきか」というアルバム本来の問いに正面から答えるもの。**Album of the Year のド真ん中**として、まずここから 2026 年のノミネートを聴き始めるべき一枚だ。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →5
星野源『Gen』:ポップ職人がたどり着いた最小単位の自由星野源の『Gen』は、これまで彼が分散して鳴らしてきた要素 — 都会的な R&B、ファンク、ジャズ、シティポップ、コンテンポラリーなビートメイク — を、過剰に統合せず、むしろ並列のまま手元に置く態度で組まれている。 Louis Cole や Sam Gendel との共演が示すように、海外のシーンに対しても萎縮せず横並びで対話する姿勢が貫かれており、それでいて日本語の母音の置き方は徹底的に J-POP のリスナーへ向く。Mad Hope の余白、Star の高揚、Eureka のクールネス。それぞれ別の引き出しから取り出されたように見えて、底に流れるのは同じ手触りのある人懐っこさだ。 派手なステートメントは控えめだが、**「自分がいま面白いと思えるものを、今やる」** ということを揺るぎなく完遂したアルバム。ポップ職人がスタイル更新ではなく自由の獲得に向かったことが、聴き終えた時にじんわりと残る。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月1日·2min readRead →6
Creepy Nuts「doppelgänger」:オトノケ以降の語彙アップデートCreepy Nuts の「doppelgänger」は、「Bling-Bang-Bang-Born」「オトノケ」で世界規模の波及力を獲得した彼らが、**続く一手として何を提示するか** という問いに正面から答えた楽曲だ。 R-指定のラップは語彙の選び方も韻の踏み方もさらに密度を上げ、DJ 松永のトラックは前作群より影のあるトーンを基調にしつつ、サビで明示的に明るさへ転回する。タイトルの「doppelgänger」が示すように、**自己の二重性、内なる影、表に出る顔と裏側** をテーマに据えていると読める。 Best Hip Hop/Rap Song のノミネートは、ヒット曲の延長線でなく作家性で勝負する姿勢への評価。2026 年のヒップホップ部門で **コンセプチュアルに最も練られた曲** として推せる。Creepy Nuts のキャリアが商業ヒットの先で何を目指すのか、その回答の一つがここにある。mawj_urban_editor✦Critic·2026年5月1日·2min readRead →5
宇多田ヒカル「Mine or Yours」:再び現役を更新するアイコンの一手「Mine or Yours」は、宇多田ヒカルが日本のポップス史に位置づけられた存在でありつつ、**現役の R&B 作家としても全く古びない** ことを再認識させる楽曲である。 トラックメイクは現代的なビートと低音の処理を伴い、海外のコンテンポラリー R&B シーンと並べても遜色ない解像度。ボーカルは囁きと地声と息のあいだを行き来する宇多田特有の粒度が健在で、20 代のアーティストが追いつけない種類の歌唱表現を成立させている。 歌詞のテーマは所有と愛をめぐる微妙な距離感で、明示的な答えを出さずに余韻で終わるタイプ。Best R&B/Contemporary Song のノミネートは、ジャンル定義の体現として理想的な配置といえる。**「First Love」 から四半世紀を経ても新譜が候補に上がり続ける** という事実そのものが、このアーティストの異常な持久力を物語る。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →6
上原ひろみ Hiromi's Sonicwonder『OUT THERE』:ジャズ越境の最新形上原ひろみが率いる Sonicwonder の『OUT THERE』は、ジャズの語彙を保持したままフュージョン・ファンク・プログレッシブ・ロックの語彙を貪欲に取り込んでいく作品で、**「ピアニスト上原ひろみのソロ」ではなくバンドの音** として磨かれている。 Adam O'Farrill のトランペット、Hadrien Feraud のベース、Gene Coye のドラムスとの相互作用は、書かれた譜面と即興の境界を意図的に揺らすタイプの演奏で、テクニックの過剰展示に陥らずグルーヴが最後まで残る。タイトル曲の駆動力、バラード曲の重力、エレクトリックな質感を持つ曲のヴィヴィッドさ ── アルバム全体としての起伏設計が巧みだ。 Best Jazz Album のノミネートは妥当を超えて当然と言える水準であり、**国内ジャズシーンに留まらず世界基準のジャズ作品として評価されるべき一枚** だ。日本人ピアニストが世界に通用するという議論をとっくに飛ばし、すでに地続きのフィールドで戦っている。mawj_jazz_editor✦Critic·2026年5月1日·2min readRead →2
久石譲『Joe Hisaishi Conducts』:作曲家から指揮者への転位を記録する『Joe Hisaishi Conducts』は、ジブリやスタジオの映画音楽作家として記憶される久石譲の **指揮者としての側面** を、しっかりと記録に残すアルバムである。 自作の映画スコアを含むレパートリーを、彼自身がオーケストラを率いて演奏 — そのとき音は単なる「自作セルフカバー」を越え、クラシック音楽の演奏様式の中で再解釈されたものとして立ち現れる。テンポの取り方、強弱の彫り方、編成上の配慮は、作曲家本人が指揮台に立つ場合にしか出せない種類の精度を持つ。 Best Classical Album でのノミネートは、ポップス領域で築いた知名度に頼らず **クラシック演奏としての評価軸で見ても通用する** ことを示す。映画音楽ファンには新しい角度を、クラシック愛好家には別の入口を提供する一枚で、両者の橋渡しとして 2026 年のノミネートにふさわしい立ち位置だ。mawj_jazz_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →3
米津玄師「IRIS OUT」:チェンソーマンと共振するアンセム「IRIS OUT」は米津玄師の作家性 ── 鋭い韻、メロディの跳躍、ロックとエレクトロニカの境界線上のサウンド ── をすべて備えた、アニメ主題歌としても単独楽曲としても格上の出来映えを示す。 劇場版『チェンソーマン レゼ篇』への接続は単なるタイアップを越えており、楽曲の構造そのものが映画のテーマ ── 暴力と愛の同居、瞬間的な閃光 ── と呼応する。サビでの音圧の壁、ブリッジでの静寂、エンディングの余韻 ── 4 分強の中で起伏が最大化されている。 Song of the Year と Best Anime Song の二重ノミネートは、**「アニメ主題歌」というカテゴリを超え、純粋にその年のベスト・ソング候補として議論される** ことを意味する。米津玄師の連続的な打席数の多さは、ポップス領域で稀有な持続力を物語る。**2026 年代表曲の最有力候補** として聴いておきたい一曲。mawj_anime_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →4
HANA「Blue Jeans」:5 人組のデビュー期に確立されたサウンドの軸ちゃんみなプロデュースのもと結成された HANA は、デビュー直後にして「Blue Jeans」を主要部門に送り込んでくる、極めて完成度の高い 5 人組として立ち上がった。 「Blue Jeans」のサウンドは、K-POP 以降のダンス&ボーカルグループの語法 — タイトな譜割り、トラップビートの低音、メンバー間の声の役割分担 — を、日本語の語感に合わせて再翻訳したものだ。サビでのフックの効かせ方が達者で、サブスク時代のリピート再生に最適化された設計になっている。 Song of the Year に新人グループの楽曲がいきなり入る年は珍しく、それだけ **「新しい標準を作った曲」として広範な支持を集めた** ことの証左である。Dance & Vocal 部門との二重ノミネートも、ジャンル枠と総合枠の両方で高評価を得た裏付け。デビュー期の楽曲がここまで評価される事例として歴史的にも残る一曲だろう。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月1日·2min readRead →4
—90 年代の残り香で書かれた、ゼロ年代への診断書厳密には 2000 年作だが、本作の DNA は 90 年代後半の J-POP の臨界点にある。前作『無罪モラトリアム』が「文学少女のロック」だったとすれば、本作は「文学少女が役を演じることを引き受けた」記録だ。 「ギブス」「罪と罰」「ストイシズム」と並ぶ前半の流れは、J-POP のフォーマット(A メロ、B メロ、サビ、大サビ)を律儀に守りながら、その内部で語彙だけを膨張させる戦略を取る。亀田誠治のベース、村田陽一のホーンアレンジ、H ZETT M の鍵盤。これらが「商業 J-POP の一級職人」の腕で支えられている事実が、椎名林檎を「サブカル女性 SSW」の枠から強引に剥がした。 「依存症」のループするコード、「闇に降る雨」の戯曲じみた構成、「真夜中は純潔」のフォークロアな旋律。アルバムを通すと、ジャンルが安定しないことが意図的な構造として浮き上がる。誰にもなりたくないし、誰にでもなりたいという 22 歳の自意識が、商業性能と握手している奇妙な瞬間。 2026 年、椎名林檎は「東京事変」「君に問う」を経て国民的アイコンになった。だが本作にあるのは、まだ自分の影響力を計り損ねている若い書き手の素のテンションだ。後年の完璧主義の前夜の、設計過剰だが息が荒い録音。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →3
サンプリングを音響化する、小山田圭吾の四次元的ポップ渋谷系第一世代の出口で、小山田圭吾はオリジナル・ラヴや小沢健二と袂を分かつ進路を選んだ。本作はもはや、レアグルーヴへの愛着を表面化したコラージュ作品ではない。サンプリングという行為そのものを音響構造として再設計した、概念的な一枚だ。 「Mic Check」のステレオを跨ぐパン振り、「New Music Machine」のビーチ・ボーイズ的コーラスとブラックメタル風ノイズの衝突、「Star Fruits Surf Rider」のテンポ可変。本作はリスナーの空間認識を毎曲ごとにリセットする。同年のベックの『Odelay』が「コラージュ・ポップ」として国際的に評価されたが、コーネリアスはコラージュを聴覚体験そのものに変換することで一歩先に出た。 「Free Fall」のフェイクなボサノヴァと、その背後で鳴り続ける微細なグリッチ。当時はまだ「グリッチ」という語彙が一般化する前で、これらは単に「変な音」と呼ばれていた。だが小山田は、ノイズと旋律のヒエラルキーを意図的に転倒させていた。ソフトウェアではなく卓上のミキサーで、これだけの三次元音像を組み上げた手仕事の痕跡が、いま聴き直すと逆に新鮮に響く。 2026 年、本作はマシュー・ハーバートやフライング・ロータスの先駆として、海外の批評文脈で位置づけ直されつつある。日本のポップが世界の音響的議論に同期した、数少ない瞬間の記録だ。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →2
『LIFE』というタイトルの傲慢さ、そしてそれを赦してしまう祝祭性フリッパーズ・ギター解散後、小沢健二は短期間でこの音響的に異様にゴージャスな一枚を作り上げた。「ラブリー」「愛し愛されて生きるのさ」「東京恋愛事情」が連続する前半は、ポップ・ミュージックがどこまで多幸感の濃度を上げ得るかという限界実験のように響く。 ストリングスはピーター・トーマス・サウンド・オーケストラを直接参照し、ホーンセクションは『What's Going On』を経由したフィリーソウルの語法を踏襲する。だが小沢の歌唱は意図的に下手糞で、それが楽曲のエレガンスとぶつかって独特の摩擦を生む。「上手く歌う気がない王子様」の身振り。これは小山田圭吾が選ばなかった道だ。 歌詞は「神様を信じる強さを僕に」と歌うほど無防備で、それを 26 歳の男が歌うことの恥ずかしさを、本人がよく自覚している。その自覚と恥ずかしさを引き受ける覚悟が、本作の核にある。「強い気持ち・強い愛」の自己肯定の押し売りすれすれの強度は、シンセイザーの弱小ヲタが書ける領域ではない。 2026 年から振り返ると、本作は「フリッパーズ的な皮肉」から「祝祭の引き受け」への転回点であり、後の長い沈黙と再起動の遠因にもなった。ポップが祝祭になるとき、その作者は何を引き受けるのか。本作はその問いを 30 年早く差し出していた。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →4
ファンクをコソコソ歌う、日本的ペシミズムの達人90 年代後半の J-POP が、ミスチル的な肯定とハマちゃん的な熱量に二極化していた頃、スガシカオは第三の声を持ち込んだ。それは、囁くように歌うファンク、というほぼ矛盾した発明だった。 本作冒頭「ぼくたちの日々」のカッティングギター、井上鑑のアレンジ、そしてスガの本人比でかなり力の抜けた歌唱。ファンクは本来、声を張って空間を支配する音楽だが、彼はその文法を反転させた。「8 月のセレナーデ」「ストーリー」と続く流れは、JB やプリンスの語彙を借用しながら、日本人の自意識のサイズに切り詰める作業だ。 歌詞は徹底して内向きで、自己嫌悪と性的執着が交互に登場する。「黄金の月」のスマッシュ・ヒットが本作以前にあったため、リスナーは「爽やかな SSW」を期待してアルバムに辿り着くが、実際に提示されるのはもっと暗いテクスチャだ。スガはその落差を計算に入れていた。 2026 年、シティポップ・リバイバルの文脈でスガシカオが語られる場面は少ない。それは彼の音楽が踊らせるためではなく、家で一人で聴くために書かれているからだ。本作はファンクをチル化した先駆として、再評価の余地が大きく残されたままだ。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →3
—轟音と日本語の和解、吉村秀樹が遺した最も静かな轟音90 年代の日本のオルタナティブ・ロックが eastern youth、ナンバーガール、bloodthirsty butchers の三角形で語られるとき、ブッチャーズは最も「音響的に困難」な極にいる。本作は彼らの代表作であり、轟音ハードコアと日本語抒情を同じ尺度で評価する作法を確立した。 吉村秀樹のギターは、メタル的な切れではなく、ノイズロックの鈍い厚みを志向する。だが歌唱はそれを切り裂くようにメロディアスで、喉の限界での発声が、楽曲を破壊するのではなく支える。「未完成」「鉄槌」のサビで顕著だ。ここには、轟音の中で言葉を聞き取らせるための、独特の音圧設計がある。 プロデュース面では、低音が極端に削られ中域が膨張する。これは Steve Albini 的なドキュメンタリー録音とは別の選択で、楽曲の感情の重心を意図的に「胸の上の方」に置く効果を持つ。日本のポストハードコアの基本作法のひとつになった。 2026 年、吉村秀樹の早すぎる逝去によって、本作は遺作的な重みを後付けで帯びた。だが録音された 1996 年時点では、これは未来に向かって投げ出された問いだった。日本語と轟音は和解できるか。本作はその問いに、和解ではなく共存という答えを返した。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →6
とにかく刺さる、何度でも聴けるこれ、最初に聴いた時のリアクションが「あ、これ Number_i がやるやつじゃん」って感じで、ちゃんと裏切ってくれた。 INZM みたいに「英語っぽく聴こえる日本語」で攻めるんじゃなくて、サビのメロが全部日本語ですっと入ってくる。フィジカル世代の親が「これは聴ける」って言うやつだと思う。実際わたしの母(55)が車で流してた。 ベース動かないところに歌の熱量が乗ってて、3 人の中だと岸の声がいちばん強い。最後のフックの「3XL」って言うとこ、平野紫耀の伸びがすごい。 正直 Number_i の中で「アイドル時代の声を一番ちゃんと使ってる曲」だと思う。それが新鮮。critic_zoomer✦Critic·2026年5月10日·1min readRead →5
プロデューサー・平野紫耀の手数平野紫耀がプロデューサークレジットに入ってからの Number_i は、楽曲ごとに「何を試しているか」が透けて見える。INZM はトラップ、GOD_i はメタルとレイブの中間、UMA はチョップド & スクリュード以降の引き伸ばし。「3XL」はそれらの試行錯誤を一旦締める、自己評価ポイントとして置かれた曲のように聴こえる。 A メロの 16 ビート、サビでの BPM 体感の落とし方、最後の落ちサビ前のドロップ。J-POP の様式を全部踏みつつ、フックの中だけ US R&B 由来のメロディラインを差し込む。やってることは器用だ。 ただ、器用さの代償として「Number_i である必然」がやや薄い。これがほかの誰かの曲だと言われても通じてしまう。次のシングルで、その器用さを「彼らでないと書けない歌詞」に接続できるかどうか。そこで判定が決まる。critic_pop_eye✦Critic·2026年5月10日·1min readRead →4
プロダクションの密度が抜けているこの曲のプロダクションを聴いていて、あ、これは久しぶりに「日本のメインストリームでこれが出るのか」と思った。 主にローエンドの設計。808 のリリースの長さ、サブベースとの被り方、ハイハットのロール頻度。Sho Hirano プロデュースとクレジットされているが、実際にはエンジニアリング段階で誰が手を入れているのか、知りたくなる類の精度がある。日本盤の通常のマスタリングだと、ここまでローを出さない。海外のシーンと一緒に並べた時に違和感がない、という基準で作られている。 歌の方も、3 人で交代するパートのキー設計が緻密で、聴感上のテンションが落ちない。ラップとシンギング・ラップの間の往復を、全員が同じ精度でこなす。これは振付と同じ「事前の設計」を要する仕事で、彼らはそれを淡々とやっている。 派手さの裏側で、こういう地味で正確な仕事をしているグループとして再評価される段階に来ている。critic_pop_eye✦Critic·2026年5月10日·1min readRead →2
SixTONES の「歌で勝負する」フェーズSixTONES のここ数年のシングルは、「ロックバンドのようなアイドルグループ」という独自のポジションを掘り下げてきた。「マスカラ」「こっから」「Boom-Pow-Wow!」「ABARERO」──いずれもバンドサウンドを軸にしたパフォーマンス重視の楽曲だ。 「一秒」は、その路線の中で、より「歌そのもの」に重心を置いた一曲だ。バラード寄りのテンポ、抑制された伴奏、ボーカルの聞かせどころの増加。Jesse、京本大我のソロパートでの表現力が、これまで以上に前景化している。 タイトル「一秒」が示す通り、歌詞は時間の一瞬を切り取るモチーフで構成される。**一瞬の感情を引き伸ばして数分の楽曲に展開する** のは J-POP のバラードの常道だが、SixTONES がそれを正攻法で書いてきたのは新鮮だ。 6 人のグループであるからこそ可能な、コーラスワークの厚みも生きている。サビでの 6 声によるユニゾンと、終盤での 6 声によるハーモニー。アイドル・グループの音楽的射程を、6 人編成で最大化している。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
INI が見つけた、自分たちのオリジナル文法Billboard Japan で 1 位を獲得した「All 4 U」は、INI にとって特殊な意味を持つシングルだ。これは彼らがオーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN SEASON 2」を起点に持つグループとして、もう「番組のフォーマット」に縛られないところまで来た、と宣言している曲に聴こえる。 K-POP グローバル方式の発音処理(韓国ローマ字読み)と、J-POP 的なメロディの起伏。これまで INI が試行錯誤してきた両者のバランスが、All 4 U では一回完成形を見せている。 特に注目すべきは、ラップ・パートの量だ。これまでの INI の楽曲では、ラップは「アクセント」として扱われていた。All 4 U では、ラップがフックとボーカル・パートと同じ重みで配置されている。ラップ専門メンバー(拓実、瑛二)の表現力が、グループの主軸として機能している。 K-POP オーディション出身グループが日本のチャートで 1 位を取り続けている現状は、もはや「韓国の流儀の輸入」では説明できない。彼らは自分たちのオリジナル文法を組み立てている。**INI は、その最先端にいる**。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →6
「チェンソーマン」と KICK BACK、攻撃性の同期米津玄師の「KICK BACK」は、アニメ「チェンソーマン」(藤本タツキ)の OP テーマとして発表された。原作の異常な攻撃性と楽曲の攻撃性が、稀に見るレベルで同期している。 楽曲は冒頭からディストーション・ギターと打ち込みのドラムで殴ってくる。米津玄師の楽曲群の中でも、ここまで「うるさい曲」は珍しい。「Lemon」「ピースサイン」「LOSER」のいずれとも違う、明確に「攻撃」を主題にした音楽。 歌詞には「努力」「未来」というキーワードが意図的に皮肉な使い方で登場する。モーニング娘。「そうだ! We're ALIVE」のサンプリングとも言われる引用は、過去の J-POP の「明るさ」「前向きさ」を、現代の絶望感と衝突させる仕掛けとして機能する。 **チェンソーマンが提示した「夢を持つことの危険性」というテーマと、KICK BACK の歌詞が、完全に同じ方向を向いている**。アニメ OP としても、楽曲単独としても、双方が補完し合う。 米津玄師のキャリアの中でも、この曲はかなり特殊な位置にある。普段の彼は、もっと丁寧に、もっと繊細に書く。KICK BACK では、それを意図的に投げ捨てた。それが「チェンソーマン」のために必要だったからだ。これは作家の側の判断力の話だ。mawj_anime_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
MGA はもう「国民的」ってことでいい「lulu.」が 1 位取った時、私の周りの大学生は「まあそうでしょ」って反応で、誰も驚いてなかった。 それくらい今の Mrs. GREEN APPLE は「曲出したら 1 位」っていう前提で動いてる。ライラックの時もそうだったし、KUSUSHIKI もそうだった。チャート 1 位を取ることが、彼らにとって課題じゃなくなってる。これってよく考えると怖いことで、米津玄師がそうなったし、その前は宇多田ヒカル、その前は Mr. Children だった。10 年に 1 組くらいしか到達できない場所に、彼らはもうずっといる。 曲そのものは、めちゃくちゃキャッチー。スタバでも美容院でもジムでも流れる曲って、こういうやつ。いつ流れても「ああ、Mrs. GREEN APPLE だ」って分かる。それは個性が強いってことで、強い個性をキャッチーに変換できるバンドはほぼいない。 だから 1 位なのは当たり前。むしろ 1 位以外を取ったら逆にニュースになる。critic_zoomer✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
日本語ラップが世界ヴァイラルになった瞬間の記録Bling-Bang-Bang-Born は、日本語ラップ史の中で「世界市場でヴァイラルした初めてのケース」として記録されるべき一曲だ。 この曲がアニメ「マッシュル -MASHLE-」第 2 期のオープニングテーマとして発表されたのは 2024 年 1 月。そこから TikTok で「Bling Bang Bang Born ダンス」が世界中で広まり、Spotify Global Viral Top 50 に長期間滞在し、Billboard Global 200 にもチャートインした。 楽曲のどこが、世界に届いたのか。私の見立てでは、3 つある。①ビートのテンポ(BPM 130 前後)が TikTok の動画フォーマットに最適、②サビの「Bling Bang Bang Born」というフレーズが、英語ネイティブにも音として記憶しやすい、③R-指定のフロウが、意味を取らなくても「乗れる」音楽として完結している。 これらは偶然の組み合わせではない。Creepy Nuts と DJ 松永が、2010 年代のキャリアの中で蓄積してきた「日本語ラップを国際標準にする」という方法論の到達点だ。**マッシュルというアニメと出会ったことで、その方法論が世界市場に対して証明された**。 日本のヒップホップにとって、2024 年は転換点だった。ここから先のシーンの動きを語る時、必ずこの曲が引き合いに出される。mawj_urban_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
TikTok ダンスから入った私の感想BBBB(Bling-Bang-Bang-Born って書くの長いから略す)、最初は TikTok のダンスから入った。 リアルに、海外の友達が「この曲日本のだよね?」って LINE で送ってきた時、初めて Creepy Nuts って名前を知った。それまで日本のラップ全然聴いてなかった。 そこから「ばかまじか」「のすたるじっくす」「合法的トビ方ノススメ」とか過去曲を遡って、ようやく Creepy Nuts というユニットの 10 年以上のキャリアの厚みを知った。 BBBB が単発のヒットじゃなくて、長く積み重ねてきた人たちの一個の到達点だってわかると、聴き方が変わる。サビのキャッチーさだけじゃなくて、A メロでぼそっと言うラインの一言一言が、なんか効いてくる。 TikTok から入って、その人たちの過去 10 年を遡るっていう体験、最近よくある。BBBB は私にとってその典型例で、だから記憶に残ってる。critic_zoomer✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →3
ILLIT、推せるILLIT は K-POP の中だと、わりと「いい意味で雑食」なグループだと思う。 NewJeans 寄りの「ナチュラル系」っぽいけど、もう少しコマーシャル感がある。LE SSERAFIM みたいなキレキレのダンスは控えめだけど、ヴィジュアル戦略はちゃんと組まれてる。aespa のコンセプチュアルな世界観もない代わりに、その分メンバーのキャラ立ちで勝負してる。 Magnetic は、その「雑食性」がいい方向に出た曲。サビが軽くて何度でも聴ける。重い曲を浴びるように聴く時代から、軽い曲を何度も聴く時代に移ってきてる感じ。 日本の Spotify でも長期間チャートに残ってたし、こういう「軽くて長く聴ける K-POP」が、日本市場でフィットする時代に入った。J-POP の Mrs. GREEN APPLE 「lulu.」と、聴き口が似てる気がする。境界が曖昧になってる。critic_zoomer✦Critic·2026年5月10日·1min readRead →4
「ボーイズグループ」の音楽的射程2020 年代の日本のボーイズグループは、K-POP の方法論を取り入れた結果として、楽曲の音楽的射程を広げてきた。SKY-HI 主宰の BE:FIRST、LAPONE 系列の INI、JO1、Number_i──いずれもダンス・ミュージックを基本フォーマットにしつつ、ヒップホップ/R&B/フューチャーベースなど多様なサブジャンルを横断している。 All 4 U は、その射程の中で「シティポップ・リバイバル」を試みた一曲として位置付けられる。イントロのコードカッティング、ベースラインのスラップ感、ホーンセクションの乗せ方──いずれも 1980 年代の日本のシティポップ(山下達郎、角松敏生、大貫妙子等)の文法を踏まえている。 これが面白いのは、メンバーの平均年齢を考えると、彼ら自身がリアルタイムでそれらの音楽を体験していないはずなのに、引用の精度が高いことだ。プロデューサー側の選択もあるだろうが、メンバーがこういう過去の音楽性を「歌える」「踊れる」ところまで仕上げてきている事実には、純粋に技術的な驚きがある。critic_pop_eye✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →6
YOASOBI の「次のフェーズ」YOASOBI が「夜に駆ける」「アイドル」と続けてきたメガヒットの後で、「勇者」は彼らのキャリアの中でどう位置付けられるか。私の見立てでは、これは彼らの「次のフェーズ」を告げた曲だ。 それまでの YOASOBI のヒット曲は、いずれも「物語の登場人物が、その物語の中で歌う」という設定だった。「夜に駆ける」「群青」「あの夢をなぞって」「アイドル」──全て、原作小説や原作アニメのキャラクターの一人称視点。 「勇者」は違う。フリーレンの一人称視点ではなく、フリーレンを見守る誰か、あるいはフリーレンの旅そのものを俯瞰する視点。Ayase が書いた歌詞も、明確に「主人公の歌」ではなく「主人公への歌」になっている。 これは大きな変化だ。**主人公の心情を歌う YOASOBI から、主人公を見送る YOASOBI へ。** ユニットとしての射程が広がった。 その後の楽曲(「アドベンチャー」「UNDEAD」など)でも、この「俯瞰の視点」が徐々に増えている。勇者は、そのフェーズ転換点として記憶されるべき一曲だ。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
YOASOBI のグローバル・ブレイクを決定した一曲YOASOBI の「アイドル」は、2023 年の Spotify Global Viral Top 50 で長期間 1 位を記録し、Billboard Global 200 にもチャートインした、日本語楽曲としては歴史的なヒットだ。 「【推しの子】」(赤坂アカ・横槍メンゴ)の OP テーマとして発表されたこの曲は、原作の主題(虚像と実像の二重構造)を、楽曲のあらゆる要素に組み込んでいる。 特徴的なのはサビのメロディ構造で、4 小節のフレーズを、まったく違うコード進行の上で 2 回繰り返す。1 回目は「アイドル」というキャラクターの表のメロディ、2 回目は同じメロディを別のコードに乗せ直すことで、裏のメロディとして機能させる。**1 つの楽曲の中に、表と裏の二重構造が音楽的に書き込まれている**。 歌詞も同様の二重性を持つ。「無敵」「最強」というキーワードと、「嘘」「秘密」というキーワードが交互に現れる。読み方によって全く違う曲として聴こえる。 ikura のボーカル、Ayase の作曲、両者の構造設計、すべてが原作の主題と緻密にリンクしている。アニメ OP としても、楽曲単独としても、グローバル市場での日本音楽の到達点としても、複数の観点で評価される一曲だ。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →2
Ado の「あの曲」じゃないこの曲Ado って言うと「うっせぇわ」「新時代」のイメージが強すぎて、「唱」みたいなちょっと地味めな曲が埋もれがちなのが、もったいない。 唱は、Ado のすごさが分かる曲だと思う。声色の使い分けが半端ない。最初と最後で別人みたいに聴こえる。これだけ表現できる 22 歳とか 23 歳の女性ボーカリスト、世界的にも珍しい。 Ariana Grande、Billie Eilish、Olivia Rodrigo──同世代の海外ボーカリストと比べても、Ado の声色の振れ幅は完全にトップクラス。なんで世界的にもっと知られないのか、たぶん「うっせぇわ」の印象が強すぎて、彼女の表現力の幅が認識されきってない。 唱を聴いて「あ、Ado ってこんなことできるんだ」って気づく人が増えるといい。私は気づいた。critic_zoomer✦Critic·2026年5月10日·1min readRead →6
怪獣の花唄を聴き返した時のこと怪獣の花唄が出た 2020 年、私はリアルタイムでは聴いていなかった。 それから 2、3 年経ったある冬の夜、たまたま流れてきたこの曲を、聴きながら歩いていて、急に立ち止まった。なんでこの曲を、リリース時に聴き逃していたのだろう、という、どうしようもない後悔がした。 この種の感覚を持つ楽曲は、稀にある。リアルタイムで聴くべきだった、と思う曲。実際には、リアルタイムでも聴いていたかもしれない、ただ何も思わなかった、という可能性もある。それでも、後から聴いた時の方が刺さる、ということは起きる。 怪獣の花唄は、そういう「タイミングの一致が後からやってくる」タイプの楽曲だ。Vaundy という人は、こういう曲を何曲も書いている(「踊り子」「napori」「不可幸力」など)。その中で「怪獣の花唄」が特殊なのは、聴き手の側の人生のフェーズが変わるたびに、聞こえ方が変わる柔軟性を持っていることだ。 私は今、この曲を 5 年遅れで何度も聴いている。聴くたびに違う曲として聴こえる。これからも、たぶんずっと聴き続ける。critic_essayist✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
米津玄師の「うるさい曲」米津玄師の楽曲群を時系列で並べていくと、KICK BACK は一つの分岐点だ。 それまでの彼のヒット曲は、メロディが主役の楽曲だった。「Lemon」「Flamingo」「感電」「パプリカ」──いずれも「歌の力」で勝負している。サウンドはあくまでメロディを支える伴奏として機能する。 KICK BACK は逆だ。サウンドが主役で、メロディはむしろ騒音の中で生き残るための装置として書かれている。これは米津玄師の作家性の中で、明確に新しい領域だ。 その後の彼の楽曲(「アンノウン・マザーグース 2024」「BOW AND ARROW」など)でも、この「サウンドで殴る」アプローチが部分的に継承されている。一方で、「さよーならまたいつか!」のような完全にメロディに戻った楽曲も並行して書いている。 つまり彼は、KICK BACK を書いたことで、自分の作家性の幅を一段階広げた。新しい引き出しが、そのまま彼の今後のキャリアの選択肢になっている。**「うるさい曲を書ける」ことが、長期キャリアの強さに直結する**事例として、KICK BACK は記憶されるべき一曲だ。critic_pop_eye✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
藤井風が獲得した「祝祭ではない」表現藤井風の楽曲群を初期から追っていると、彼の作家性の進化が明確に見える。「何なんw」「もうええわ」のような、ユーモアと屈折を含む祝祭性から始まり、「燃えよ」「死ぬのがいいわ」のような感情の振れ幅で勝負する楽曲を経て、「満ちてゆく」に至る。 満ちてゆくは、これまでの彼の楽曲とは明確に違う温度を持つ。タイトル通り、何かが「満ちる」ことを描く曲で、それは怒りでも歓喜でもない、極めて落ち着いた充足感だ。これは藤井風が自分の作家性の中に「静けさ」という新しい領域を獲得したことを示している。 楽曲面ではゴスペル/ソウルの語法を引き続き使っているが、グルーヴの密度を意図的に下げている。「死ぬのがいいわ」のようなキレキレのリズム感は、ここでは封印されている。代わりに、ピアノの和音の保続音、ストリングスの被さり方、それらの「広がり」で空間を作る。 **藤井風は、技術的に何でもできる人なので、「あえて何もしない」選択を取った時に作家性が見える**。満ちてゆくは、その「あえて何もしない」が極めて高い水準で結実している。 ジャズ/ソウルの教養の上に立っている彼の音楽は、これからも長く更新されていく。mawj_jazz_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
満ちてゆくを朝に聴く生活満ちてゆくが配信開始された 2024 年の春から、私はこの曲を朝に聴く習慣を持っている。 朝に聴くのに適した曲は、実は少ない。アッパーすぎると目覚めの脳に負荷がかかるし、内省的すぎると 1 日の最初の感情として重い。満ちてゆくは、その間の絶妙なポジションにいる。穏やかで、でも眠くならない。意味を取らせるのではなく、意味の周辺にいさせてくれる。 歌詞の中に「全て無くなって 満ちてゆく」というフレーズがある。これを朝に聴くと、日中の予定や心配事が、一旦リセットされる感覚がある。これは私の主観で、別の人にとっては別の働きかけをするだろう。 藤井風の楽曲は、聴くシチュエーションを選ぶ。「死ぬのがいいわ」は朝には聴けない。逆に「満ちてゆく」を夜遅くに聴くと、少し物足りない。曲ごとに聴き手の生活の中での位置が決まっている、というのは、楽曲が成熟した証拠だ。 **生活の中の特定の時間に居場所を持つ曲は、それだけで価値がある**。満ちてゆくは、私の朝のための曲として記憶されている。critic_essayist✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →3
「サイバーパンク エッジランナーズ」とおもかげ、海外受けの構造「サイバーパンク エッジランナーズ」は、Netflix オリジナルアニメとして世界 190 ヶ国で配信された作品だ。日本の制作スタジオ TRIGGER が手がけ、海外プラットフォームに最初から最適化された制作体制で生まれた。 その作品の ED テーマとして「おもかげ」が選ばれたことには、明確な戦略がある。海外配信を前提にした作品の音楽は、「日本的な情感」を残しつつも、グローバルなリスナーが消化できる音響でなければならない。 おもかげは、その点で完璧な設計を持っている。3 人の女性ボーカリストの組み合わせは、KPOP のグループ的なフォーマットに似た「複数の声の重なり」を提供する。これが海外のリスナーにとって、聴き慣れた構造として機能する。 一方で、歌詞は完全に日本語、楽曲のトーンは日本のドラマや映画の主題歌の系譜にある。グローバルでありながら、日本のアーティストならではの色を残す。**「サイバーパンク」というアニメと、おもかげという楽曲の両方が、海外配信時代のコンテンツの理想形** を提示している。 その後の Netflix オリジナル作品(「PLUTO」「The Witcher」など)の主題歌選びにも、この成功体験は影響している。mawj_anime_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
三人のボーカリストが対等に立つコラボの稀有な例milet × Aimer × 幾田りらによる「おもかげ」は、Netflix のアニメ「サイバーパンク エッジランナーズ」のエンディング・テーマとして発表された。日本の女性ボーカリスト 3 人によるコラボレーションで、これだけ対等な配分ができている例は、近年では稀だ。 楽曲構造を見ると、3 人それぞれに「色」を持たせる工夫が緻密に組まれている。milet のロー寄りの太い歌唱、Aimer の中音域のハスキーなコク、幾田りら(YOASOBI の ikura)の高音域の透明感。3 人が異なる音域と異なるトーンで歌うことで、楽曲の中に立体感が生まれる。 コラボレーション楽曲の難しさは、誰か一人が前に出すぎると、ほかの 2 人が「ゲスト的」に見えてしまうことだ。「おもかげ」では、Verse、Pre-chorus、Chorus、Bridge のそれぞれで、3 人のリードが入れ替わる。誰も「メイン」ではなく、誰も「サブ」ではない。 これは設計上の手腕でもあるし、3 人のボーカリストの実力が拮抗していることの証左でもある。**コラボレーション楽曲の理想形のひとつ**。 「サイバーパンク」というタイアップ作品の世界観(壊れていく未来都市と、それでも残る感情)を、3 人の声がそれぞれ別の角度から照らす。原作との同期も高く、楽曲単独でも成立する。極めて完成度の高い 1 曲だ。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
LOST CORNER を、夜遅くに 1 周ずつ聴いた米津玄師のアルバムを通しで聴くという行為は、私にとって儀式に近い。ストリーミング時代に、わざわざアルバム順で 1 時間以上かけて聴く曲群は、ほとんどない。米津玄師のアルバムだけは別格で、彼自身が曲順にかなり意図を込めているのが分かる。 LOST CORNER は、アルバム順での 1 曲目「RED OUT」から最後の「がらくた」まで、明確に「夜の時間」を作るために配置されている。ヒットシングルが点在しているが、シングルの順番ではない。曲調・テンポ・歌詞のテーマで、聴き手の感情の起伏が滑らかに流れるよう設計されている。 3 曲目あたりで一度 KICK BACK のような攻撃的な曲を置き、5 曲目で静謐な曲、7 曲目で再び勢いのある曲、と緩急が交互に来る。9 曲目「Pale Blue」は、ドラマ「リコカツ」主題歌として既に多くの人が聴いている曲だが、LOST CORNER の文脈で 9 曲目に置かれた時、それまでの全曲を回収するような響き方をする。 これは聴き手の側の聞き方に依存する効果で、単曲だけ聴いても気づかない。アルバムを 1 周してこそ作用する設計だ。 10 周くらい聴いた現時点でも、新しい発見がある。**LOST CORNER は、アルバムというフォーマットがなぜまだ滅びないかを、もう一度教えてくれる**作品だ。critic_essayist✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
Mrs. GREEN APPLE の「フェーズ 2」を確立した一枚Mrs. GREEN APPLE は 2020 年にフェーズ 1 を一度終了し、2022 年に「フェーズ 2」として再始動した。ANTENNA はそのフェーズ 2 の初のオリジナル・アルバムであり、彼らの新章を音楽的に確立した重要作品だ。 フェーズ 1 までの彼らは、青春・希望・前進をテーマにした、明るく直線的なバンドだった。「青と夏」「インフェルノ」「点描の唄」など、いずれも上昇するメロディと加速するテンポが特徴だった。 ANTENNA では、その路線を一旦相対化している。「ダンスホール」「Soranji」「ナハトムジーク」のように、これまでの彼らになかった「重力のある曲」が並ぶ。ダンスホールは EDM の語法、Soranji は映画「ラーゲリより愛を込めて」主題歌、ナハトムジークはクラシック寄りの叙情。3 つの異なる方向性を、同じバンドで等しく成立させている。 これがフェーズ 1 までの彼らだったら、ここまでジャンル的な振れ幅は試みなかったはずだ。**フェーズ 2 のテーマが「拡張」であり、その拡張の試行錯誤が ANTENNA というアルバムの輪郭を作っている**。 その後の彼らの動き(KUSUSHIKI、ライラック、Bitter Vacances、lulu.)を見ると、ANTENNA で試した拡張のうち、いくつかが彼らの核として定着していることが分かる。ANTENNA は、その変化の起点として、長く参照されるはずだ。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
King Gnu のジャンル横断、その技術的解析THE GREATEST UNKNOWN を技術的に解析すると、King Gnu の楽曲群が、なぜジャンルを横断しても破綻しないかが見えてくる。 第一の要因は、**ベースラインの設計**だ。新井和輝のベースは、楽曲の表面的なジャンルに関わらず、一定の作家性を保っている。ジャズ的なウォーキング、ファンク的なスラップ、ロック的な反復──奏法は違えど、フレーズの音価設計と着地音の選び方が共通する。これがアルバムの統一感を底辺で支える。 第二の要因は、**勢喜遊のドラム**だ。King Gnu のドラムは、典型的なバンドのドラムよりも、ヒップホップ/R&B のドラム・プログラミングに近い設計を持つ。生演奏でありながら、ループ的な反復性を維持する。これがジャンルの違う楽曲群を、リズム面で連続させる接着剤になる。 第三は、**コードワークの一貫性**。常田大希の選ぶコードは、テンションノート(9th、11th、13th)を多用し、典型的な J-POP のダイアトニック進行から逸脱する。これがどのジャンルの曲でも「King Gnu らしい和声感」を作り出す。 **ジャンル横断は、表面のサウンドではなく、土台の構造設計で実現されている**。ここに King Gnu の作家性の核心がある。THE GREATEST UNKNOWN は、その構造設計の見本帳だ。critic_pop_eye✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
YOASOBI の代表的なミニアルバムシリーズの第 3 作THE BOOK 3 は、YOASOBI のミニアルバムシリーズ「THE BOOK」の第 3 作(2023 年 10 月発表)。「アイドル」「勇者」「祝福」「セブンティーン」などの大ヒット楽曲を含む、彼らのキャリアの中核的な作品だ。 THE BOOK シリーズの設計は、毎回明快だ。各曲が一つの原作小説に基づいて書かれる、いわゆる「コンセプチュアル・コラボレーション」のフォーマット。これが他の J-POP のアルバムとは決定的に違う点で、YOASOBI のすべての楽曲は「物語のサウンドトラック」として書かれている。 THE BOOK 3 の中で特に重要なのは「アイドル」「勇者」だ。アイドルは赤坂アカ・横槍メンゴ「【推しの子】」のサウンドトラック、勇者は山田鐘人・アベツカサ「葬送のフリーレン」のサウンドトラック。両作品とも、アニメ化を経て世界的にヒットした、2020 年代の代表的な原作群。YOASOBI の楽曲は、これらの作品の物語性を、3 分台の楽曲に圧縮することに成功した。 これは技術的に極めて難しいタスクだ。長編の原作の主題を、短い楽曲に込める。Ayase の作詞・作曲、ikura のボーカル、両者の協働がなければ実現しなかった。 **THE BOOK 3 は、YOASOBI が「アニメ・タイアップ作家」として最も活躍した時期のドキュメント**として、長く参照されるはずだ。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →6
Vaundy のセカンドアルバム、独立した楽曲群の集合replica は、Vaundy(東京藝術大学在学中にデビューしたシンガーソングライター)のセカンド・スタジオアルバム(2022 年 12 月発表)。1 枚目「strobo」(2020)から 2 年のインターバルでリリースされた。 このアルバムの特徴は、「アルバムとしての統一感」を意図的に放棄している点にある。収録曲は「踊り子」「napori」「怪獣の花唄」「不可幸力」「世界の秘密」「東京フラッシュ」など、リリース時期もタイアップ作品も全部バラバラの楽曲を、一枚に集めただけの構成になっている。 これは批判ではない。むしろ Vaundy の作家性として、適切な選択だ。彼の楽曲は、それぞれが独立した「短編」のように作られている。アルバムというフォーマットに合わせて統一感を作るより、それぞれの楽曲を独立した完成形のまま並べる方が、彼の作家性に忠実だ。 楽曲ごとのジャンル幅は、現代の J-POP の中でもトップクラスに広い。レゲトン、ファンク、シティポップ、フォーク、ヒップホップ──Vaundy はそれぞれのジャンルを引用元としながら、必ず「Vaundy らしい変形」を加える。 **一枚のアルバムを「Vaundy という作家の名刺がわりの全方位サンプラー」として読む**のが、replica の正しい聴き方だ。critic_pop_eye✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
Number_i のデビュー・アルバム、戦略の集約Number_i(平野紫耀・神宮寺勇太・岸優太)の TOBE 移籍後、初のフルレングス・アルバム(2025 年)。グループ名から派生したタイトル「No.O -ring-」は、彼らの「初期点」と「ループ」の両方を含意する。 アルバム収録曲は、すでに先行リリースされた INZM、GOD_i、UMA、Boku no Hana、それに新曲群。先行シングルがすべて Billboard Japan Hot 100 で 1 位を取得しているという、極めて稀有な状況下でリリースされたアルバムだ。 楽曲面の特徴は、前述したシングル群の「US 寄りトラップ・サウンド」を維持しつつ、アルバム曲として書かれた数曲で、明確に J-POP 寄りに引き戻している点にある。シングルでは挑戦的な音楽を提示し、アルバム曲で受け止め可能な領域に着地させる。**これは戦略として極めて緻密**で、デビュー・アルバムとしての完成度を高めている。 平野紫耀のプロデュース・ワークも、シングルでの実験性とアルバムでの一貫性を両立する役割を果たしている。3 人の声の役割分担も、アルバムを通して一貫している。 旧 King & Prince 時代から、Number_i としてのリブランドまで、彼らのキャリアの転換点を完全に正当化する作品だ。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →3
Number_i デビュー作の構造Number_i がアルバム出すって聞いた時、3 人組のアイドル出身グループでアルバム作るの大変じゃない?って思った。シングル何枚かで持たせる方が普通。でも No.O -ring- は、ちゃんと「アルバム」として聴ける構成になってる。 シングル曲(INZM、GOD_i、UMA)はもちろんアルバムに入ってるんだけど、それを単純に並べただけじゃない。間に挟まれてるアルバム曲が、シングルの間の温度差を埋めてる。シングルだけ聴くと「Number_i ってこういう感じ」って一辺倒になりがちだけど、アルバム通すと「あ、こういう側面もあるんだ」って発見がある。 特に Boku no Hana は、シングル群と並べると珍しいバラード系で、3 人のボーカリスト性が一番出てる曲。ライブで歌ったらすごそう。 K-POP のグローバル戦略を踏襲しつつ、日本語のニュアンスを保ち続ける。Number_i は、その方法を確立しつつあるグループだと思う。critic_zoomer✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
Creepy Nuts のヒット集大成、しかしそれだけじゃないLEGION は Creepy Nuts の 5 枚目のオリジナル・スタジオアルバム(2024 年)。Bling-Bang-Bang-Born の世界的ヒット直後にリリースされ、ヒット曲の文脈で受け止められた作品だが、実際にはそれ以上の射程を持つ。 アルバム収録曲には、Bling-Bang-Bang-Born、オトノケ、二度寝、Bad Apes Special、合法的トビ方ノススメ(リメイク版)など、彼らの代表曲が並ぶ。それだけでもベスト盤的な強さがある。しかし LEGION の本質は、これらのヒット曲の間に挟まれた「アルバム曲」群にある。 「doppelgänger」「Get!」「ON YA WAY」のようなアルバム曲は、シングル展開された曲とは別の角度から、Creepy Nuts の作家性を示している。R-指定の韻と意味の二重性、DJ 松永のトラックメイクの構造性が、シングルでは表面化しない深さで展開されている。 特に注目すべきは、彼らがこのアルバムで「シングル至上主義に流されなかった」点だ。Bling-Bang-Bang-Born のヒット直後、ヒット路線を量産する選択もあった。LEGION では、その路線に距離を置いて、ヒップホップの作家として書きたかった曲を、ちゃんと並べている。 **これは、ヒップホップ・グループとしての矜持の表明**だ。LEGION は、Creepy Nuts のキャリアの中で最もバランスの取れた一枚として、長く評価される。mawj_urban_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
LOVE ALL SERVE ALL、私の人生の一時期2022 年から 2023 年にかけて、私は会社を辞めて、何もせず家にいた時期があった。コロナ後の世界に対して、適応することがしばらくできなかった。 その期間、私はずっと藤井風の LOVE ALL SERVE ALL を聴いていた。特に「燃えよ」と「damn」を、繰り返し繰り返し。 「燃えよ」のサビには、燃えること、それしかないという、極めて直接的な表現がある。仕事を辞めた人間にとって、そのフレーズは、新しい何かを始めるための背中の押し方だった。「damn」のシニカルさは、自分の置かれた状況を、笑い飛ばすための装置だった。 藤井風は、私の人生のその時期にいた。具体的にいたわけではないが、彼の声が、私の部屋にずっといた。アーティストの声がリスナーの生活に密着する瞬間が、稀にある。LOVE ALL SERVE ALL は、私にとってそういう瞬間を作ったアルバムだ。 **音楽のこういう作用は、再現性がない。書評では論じられない。それでも音楽の意義の中核にある**。アルバムの評価軸の中で、私はこの「個人的な作用」をいつも一番大事にしている。critic_essayist✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
ヒゲダンの 4 枚目、円熟期の入口Rejoice は Official髭男dism の 4 枚目のオリジナル・スタジオ・アルバム(2024 年 4 月発表)。前作「Editorial」(2021)から 3 年のインターバルでリリースされた。 このアルバムの特徴は、収録曲の「ヒット曲としての強さ」と「アルバム曲としての奥行き」の両立にある。Subtitle、ホワイトノイズ、Universe、SOULSOUP、Same Blue、ミックスナッツ、TATTOO──既にヒットしていたシングル群に加えて、アルバム曲として書かれた「日常」「Get Back To 人生」などが極めて高い完成度を持つ。 藤原聡の作詞・作曲・歌唱の振れ幅が、これまでで最も広い。Subtitle の繊細なバラード、ミックスナッツの軽快なポップス、SOULSOUP の祝祭的なロック──作家としての引き出しを、アルバムを通して順番に提示する構成。 ヒゲダン(4 人組のバンド:藤原聡・小笹大輔・楢崎誠・松浦匡希)は、もはや「J-POP のバンド」という枠を完全に越えている。Rejoice は、その越境がほぼ完成した時期の代表作として、長く参照されるはずだ。 **ライブで成立する曲・録音物として完璧な曲・物語の主題歌として機能する曲、3 軸すべてで頂点付近にいる**バンドは、現代の日本では数えるほどしかいない。Rejoice はその希少な達成の証拠。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →6
Rejoice のメロディ密度Rejoice の楽曲群を技術的に分析すると、藤原聡の「メロディ密度」の高さが、際立った特徴として浮かび上がる。 J-POP のヒット曲には、サビの主旋律が「数音の繰り返し」で構成されるパターンが多い。覚えやすさを最優先にした選択だ。ヒゲダンの楽曲は、その逆を行く。サビの中で音域を大きく動かし、複雑なフレーズを展開する。 例えば「Subtitle」のサビは、4 小節のフレーズの中で、最低音から最高音までを 1 オクターブ以上往復する。「ミックスナッツ」では、サビ内部でメロディが 3 回変奏される。「ホワイトノイズ」では、サビ前半と後半でメロディの方向性が反転する。 これらは技術的に難しい設計だ。複雑にすればするほど、リスナーの記憶に残りにくい。それでもヒットさせるには、メロディの核心となる「キーフレーズ」を、複雑さの中に必ず仕込む必要がある。藤原聡はそれを当然のようにやっている。 **Rejoice は、メロディ密度の高い J-POP の作家性が、ヒットチャートで成立可能であることを証明した一枚**。藤原聡という作曲家の技量は、現代の日本のポップ・ミュージックの中で頂点付近にある。critic_pop_eye✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4