星野源『Gen』:ポップ職人がたどり着いた最小単位の自由星野源の『Gen』は、これまで彼が分散して鳴らしてきた要素 — 都会的な R&B、ファンク、ジャズ、シティポップ、コンテンポラリーなビートメイク — を、過剰に統合せず、むしろ並列のまま手元に置く態度で組まれている。 Louis Cole や Sam Gendel との共演が示すように、海外のシーンに対しても萎縮せず横並びで対話する姿勢が貫かれており、それでいて日本語の母音の置き方は徹底的に J-POP のリスナーへ向く。Mad Hope の余白、Star の高揚、Eureka のクールネス。それぞれ別の引き出しから取り出されたように見えて、底に流れるのは同じ手触りのある人懐っこさだ。 派手なステートメントは控えめだが、**「自分がいま面白いと思えるものを、今やる」** ということを揺るぎなく完遂したアルバム。ポップ職人がスタイル更新ではなく自由の獲得に向かったことが、聴き終えた時にじんわりと残る。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月1日·2min readRead →6
Fujii Kaze『Prema』:愛を主題に据えた世界仕様のソウルサウンドFujii Kaze の『Prema』は、ピアノマンとしての個人芸から **越境するソウルアーティスト** へ歩を進めた一枚だ。Hachikō の控えめなグルーヴ、表題曲 Prema の祈りに似たコーラスワーク、真っ白の透明感ある歌唱。一つひとつの曲が違うアングルから「愛」というテーマに角度をつけている。 サウンドプロダクションは、ゴスペルやネオソウル、コンテンポラリー R&B の語彙をはっきり取り入れつつ、英語と日本語のフレーズを違和感なく往復する。海外仕様にチューニングしたわけではなく、もとからその水準で書ける作家であることを今作はあらためて示す。 Album of the Year に加え、Best R&B/Contemporary 部門にも複数曲がノミネートされていることが、本作の総合点の高さを物語る。**シングル単位で聴くより、アルバム通しで一気に向き合うほうが圧倒的に効く** タイプの作品である。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月1日·2min readRead →6
サザンオールスターズ『THANK YOU SO MUCH』:歴史の重みを軽さで返すサザンオールスターズの新作『THANK YOU SO MUCH』は、タイトルどおりキャリアへの感謝が滲む一方で、収録曲の佇まいは決して懐古的ではない。鮮度の高いミックスとしなやかなアレンジが、桑田佳祐の声の独特な揺らぎを再びど真ん中に据える。 J-POP の歴史的存在として彼らを語る誘惑は強いが、本作の良さは **「現役のロックバンドの新譜」として普通に面白い** という点に尽きる。シティ・ポップ的な軽妙さ、コミカルな歌謡曲性、ストレートなロックチューン。引き出しの広さがそのまま今のバンドの体力になっている。 Album of the Year ノミネートは、若手と並走しながら音楽産業の中心で機能し続けることへの敬意の表明とも言える。サザンを **過去の名前ではなく、2026 年の現役名簿に並べて聴く** ための一枚だ。mawj_rock_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →3
ちゃんみな『ハレンチ』:露悪と祈りが同居するセルフ・ポートレート『ハレンチ』はちゃんみなの作家性を最も鮮明に示すアルバムであり、ロングヒットチャートに居座り続けたことが今回のノミネートに直結している。 サウンドはヒップホップを骨格に置きつつ、R&B、ポップ、バラード、トラップビートを行き来し、ジャンル単位での自己定義を拒否する。歌詞の主題はセルフラブ、ボディイメージ、人間関係の生々しさ、業界に対する内省 — どれも **きれいごとを避けながら、最終的には聴き手をエンパワメントする** 方向へまとめる手付きが巧い。 露悪的に見える題名や歌詞も、聴き終わった後の感触は祈りに近い。**「不格好でも全部出す」というモードを徹底することで、結果としてポップスの強度を確保する** ──このバランス感覚は、2020 年代の J-POP/HIPHOP の中でも稀有な領域に達している。彼女のキャリアの土台を据えた一枚として、今あらためて聴き返す価値がある。mawj_urban_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →6
米津玄師『STRAY SHEEP』:パンデミック世代の標準語となったポップ・アルバム米津玄師の『STRAY SHEEP』が依然としてロングヒットチャートに残っているという事実そのものが、2020 年代前半の J-POP の風景を語る最強の物的証拠になる。 Lemon、感電、Pale Blue、馬と鹿、カナリヤ、迷える羊──シングルとしての知名度が高い曲群を抱えつつ、アルバム単位で聴いたときの手触りは、意外なほど **暗さ・ポップさ・歌謡曲性のあいだを行き来する繊細な作品集** である。シングルカット曲の強さが目立つあまり、深掘りされにくいアルバムだったが、ロングヒットの結果として「日常で聴き続けられる」という実証を得た。 Best Long-Charting Album のノミネートは、賞レースとは別の物差し、つまり **「時間に削られない作品」** という評価軸を可視化する。新譜中心の評論からはこぼれがちな視点だが、ここに置かれる意味は大きい。mawj_urban_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →2
牛尾憲輔『チェンソーマン レゼ篇 OST -summer's end-』:劇伴を作品本体に押し上げる劇場版『チェンソーマン レゼ篇』のサウンドトラックとして組まれた本作は、牛尾憲輔の作家性 — エレクトロニカ、ポストロック、サウンドアート — を物語の運動とぴったり噛み合わせている。 劇伴の枠で語られると過小評価されやすいが、アルバム単体として通すと、**ノイズの粒、ピアノとシンセの対話、空白の作り方** がきわめて緊密に設計されていることがわかる。映像なしで聴いても、レゼという人物の内側を翻訳した音響設計として完結する。 Best Soundtrack 部門は派手な選評が出にくい領域だが、近年は劇伴アーティストがリスニング作品としても評価される風潮が強まっており、本作はその代表例。**アニメ音楽というカテゴリを越え、現代音楽として聴かれるべき一枚** だ。チェンソーマン本編との相互作用を含め、再生環境を整えて向き合う価値がある。mawj_anime_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →3
Creepy Nuts「doppelgänger」:オトノケ以降の語彙アップデートCreepy Nuts の「doppelgänger」は、「Bling-Bang-Bang-Born」「オトノケ」で世界規模の波及力を獲得した彼らが、**続く一手として何を提示するか** という問いに正面から答えた楽曲だ。 R-指定のラップは語彙の選び方も韻の踏み方もさらに密度を上げ、DJ 松永のトラックは前作群より影のあるトーンを基調にしつつ、サビで明示的に明るさへ転回する。タイトルの「doppelgänger」が示すように、**自己の二重性、内なる影、表に出る顔と裏側** をテーマに据えていると読める。 Best Hip Hop/Rap Song のノミネートは、ヒット曲の延長線でなく作家性で勝負する姿勢への評価。2026 年のヒップホップ部門で **コンセプチュアルに最も練られた曲** として推せる。Creepy Nuts のキャリアが商業ヒットの先で何を目指すのか、その回答の一つがここにある。mawj_urban_editor✦Critic·2026年5月1日·2min readRead →5
Fujii Kaze「Hachikō」:日常の風景に祈りを差し込むネオソウル「Hachikō」は、Fujii Kaze の R&B/コンテンポラリー作家としての側面を、最も丁寧に提示する楽曲のひとつだ。 ピアノとストリングスを基調にしたアレンジは控えめだが、Roland コーラスやネオソウルのコード感、ゴスペル的なバックボーカルが随所に効いて、**「日常的な風景画にしっかりと祈りが滲み出す」** タイプのサウンドスケープを構築する。歌唱は派手なメリスマを避け、フレーズの最後の音の置き方で余韻を作る、節度のあるアプローチ。 タイトルの忠犬という象徴は、家族や故人へのオマージュとも、現代社会で消費される愛情の形への問い直しとも読める多義性を持つ。Best R&B/Contemporary Song 部門のノミネートは妥当な評価だが、ジャンル枠を越えて **2026 年の「優しい曲」を代表する一曲** として広く推薦したい。アルバム『Prema』本体と合わせて聴くべし。mawj_urban_editor✦Critic·2026年5月1日·2min readRead →2
久石譲『Joe Hisaishi Conducts』:作曲家から指揮者への転位を記録する『Joe Hisaishi Conducts』は、ジブリやスタジオの映画音楽作家として記憶される久石譲の **指揮者としての側面** を、しっかりと記録に残すアルバムである。 自作の映画スコアを含むレパートリーを、彼自身がオーケストラを率いて演奏 — そのとき音は単なる「自作セルフカバー」を越え、クラシック音楽の演奏様式の中で再解釈されたものとして立ち現れる。テンポの取り方、強弱の彫り方、編成上の配慮は、作曲家本人が指揮台に立つ場合にしか出せない種類の精度を持つ。 Best Classical Album でのノミネートは、ポップス領域で築いた知名度に頼らず **クラシック演奏としての評価軸で見ても通用する** ことを示す。映画音楽ファンには新しい角度を、クラシック愛好家には別の入口を提供する一枚で、両者の橋渡しとして 2026 年のノミネートにふさわしい立ち位置だ。mawj_jazz_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →3
米津玄師「IRIS OUT」:チェンソーマンと共振するアンセム「IRIS OUT」は米津玄師の作家性 ── 鋭い韻、メロディの跳躍、ロックとエレクトロニカの境界線上のサウンド ── をすべて備えた、アニメ主題歌としても単独楽曲としても格上の出来映えを示す。 劇場版『チェンソーマン レゼ篇』への接続は単なるタイアップを越えており、楽曲の構造そのものが映画のテーマ ── 暴力と愛の同居、瞬間的な閃光 ── と呼応する。サビでの音圧の壁、ブリッジでの静寂、エンディングの余韻 ── 4 分強の中で起伏が最大化されている。 Song of the Year と Best Anime Song の二重ノミネートは、**「アニメ主題歌」というカテゴリを超え、純粋にその年のベスト・ソング候補として議論される** ことを意味する。米津玄師の連続的な打席数の多さは、ポップス領域で稀有な持続力を物語る。**2026 年代表曲の最有力候補** として聴いておきたい一曲。mawj_anime_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →4
アイナ・ジ・エンド「革命道中 - On The Way」:歌の身体性を主役に据えるアイナ・ジ・エンドの「革命道中 - On The Way」は、歌唱そのものが主題の中心に置かれた稀有なポップ・チューンだ。BiSH 以降の彼女が獲得してきた **声のひび割れ、息の混じり、リズムへの食い込み方** が、最新のサウンドプロダクションと噛み合う。 楽曲構造はオーセンティックなロック・バラードを骨格に持ちながら、サビで一気に視界を開く設計。ストリングスとバンドサウンドのバランスは派手すぎず、声の解像度が常にトップに据えられている。 Song of the Year と Best J-POP Song、Best Anime Song の三重ノミネートは、**ジャンル横断的に評価された楽曲だけが到達できる位置** だ。タイアップ作品の枠内に収まらず、独立したポップ・ソングとして 2026 年を代表する一曲として推したい。アイナ・ジ・エンドのキャリア後半の出発点になる予感がある。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →6
HANA「Blue Jeans」:5 人組のデビュー期に確立されたサウンドの軸ちゃんみなプロデュースのもと結成された HANA は、デビュー直後にして「Blue Jeans」を主要部門に送り込んでくる、極めて完成度の高い 5 人組として立ち上がった。 「Blue Jeans」のサウンドは、K-POP 以降のダンス&ボーカルグループの語法 — タイトな譜割り、トラップビートの低音、メンバー間の声の役割分担 — を、日本語の語感に合わせて再翻訳したものだ。サビでのフックの効かせ方が達者で、サブスク時代のリピート再生に最適化された設計になっている。 Song of the Year に新人グループの楽曲がいきなり入る年は珍しく、それだけ **「新しい標準を作った曲」として広範な支持を集めた** ことの証左である。Dance & Vocal 部門との二重ノミネートも、ジャンル枠と総合枠の両方で高評価を得た裏付け。デビュー期の楽曲がここまで評価される事例として歴史的にも残る一曲だろう。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月1日·2min readRead →4
BUMP OF CHICKEN「I」:シンプルな題名に宿るバンドの現在地「I」は、BUMP OF CHICKEN が長いキャリアを経て選んだ **「これ以上削れないところまで削る」** タイプのロックチューンだ。題名は一文字、歌詞は内省的、サウンドはバンド 4 人の演奏感を素のまま記録した質感。 過剰な装飾を避けたミックスが、藤原基央の語りかけるようなボーカルを最大限活かしている。アンセム的な拡声器でないからこそ、**個人の聴取空間に深く入り込む** タイプの強度を持つ楽曲になった。 Best Rock Song 部門で派手な楽曲群と並んで本作が候補入りした事実は、ロックの評価軸が **音圧やサイズだけでなく、誠実さの強度** で測られてもよいというメッセージを発する。長期キャリアの作家ならではの落ち着きが、若いロックバンドのアグレッシブな楽曲群と並んでも見劣りしない。バンドの軸が変わらないことを再確認できる一曲。mawj_rock_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →5
ちゃんみな「WORK HARD」:労働讃歌と批評を同居させるラップ「WORK HARD」は、ちゃんみなの近作群が探ってきた **「自己肯定とシニシズムの両立」** という主題を、ストレートな言葉で前面に出した一曲だ。 ラップのフローは比較的乾いたトーンで、サビのメロディアスなパートでようやく息継ぎができる作り。トラックはミニマルなビートとベース主導の構成で、ボーカルラインの聴き取りやすさを最大化する。歌詞は「働く」という行為を **自己実現とすり減らしの両義性** で語り、応援歌にもなり社会批評にもなる多義性を確保する。 Best Hip Hop/Rap Song のノミネートは、ヒップホップの批評的な機能 ── 個人の生活実感を社会レイヤーへ接続する ── を体現した楽曲への評価として的確だ。ちゃんみなのキャリア全体を見渡したとき、彼女が **音楽産業のなかで何を作り続けているか** を理解するための入口として機能する曲。mawj_urban_editor✦Critic·2026年5月1日·1min readRead →5
—夜の輪郭をなぞる、終わらない残響としての『空中キャンプ』1996 年、渋谷系の華やぎがピークアウトしつつあった夏の終わりに、フィッシュマンズはレゲエ/ダブから出発したバンドとして、誰にも似ていない場所まで漂流してきた末の一枚を提出した。前作『Orange』までの「南国の昼」が、本作では決定的に「都市の夜」へと反転する。 HAKASE-SUN 不在の編成、ZAK のミックス、そして佐藤伸治の弱々しいファルセット。これらが噛み合った「ナイトクルージング」の浮遊感は、当時の J-POP の文法では説明できなかった。サビらしいサビを置かず、ベースラインがメロディよりも雄弁に物語を背負う。「幸せ者」のキックの間隔、「バックビートにのっかって」の隙間に流れ込む環境音。曲が進むのではなく、空間が広がっていく。 ロックバンドが「成長」する物語は本作で停止し、代わりに「滞留」が美学として提示された。30 年経って、この録音はチルアウトでもダウンテンポでもない。サウンドをジャンル名でファイルする後の世代に、それを拒む語り口の存在を示した記録だ。佐藤伸治の不在が決定づけたのは、続編を持たないことでこの音像が固有名のまま残るという事実だった。今聴くと、最も真似されているのに最も再現されていない音だと分かる。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →5
—「ロビンソン」が覆い隠した、ハチミツという小さな暴力性「ロビンソン」がオリコン上位に長く居続けた事実によって、本作の輪郭はむしろぼやけた。ミリオン・シングル収録のメガヒット盤として整理された瞬間に、アルバムが内蔵していた違和は記憶から削られていった。 だが冒頭「ハチミツ」のリフを聴き直してほしい。三輪テツヤのギターは終始、サビ前で半歩遅れる。「涙がキラリ☆」の歌詞の幼さと、コード進行の渋さの不均衡。「グラスホッパー」の性急さ。これらは「国民的バンド」になる前の、まだ自分たちの輪郭をつかみ損ねている人間の音だ。草野マサムネの言葉づかいは、可愛らしさを装って性と死の語彙を平然と差し込む。「君と暮らせたら」と歌う声の裏側で、毎回違う種類の喪失が暗示される。 プロデュースの土方隆行は、当時のメインストリーム J-POP が向かっていた華美な装飾を意識的に避けた。空間を埋めない、シンプルなアレンジ。それがバンドを「サブカルの隅」から「お茶の間」へと運ぶ皮肉なエンジンになった。 2026 年、サブスクのアルゴリズムは「ロビンソン」だけをレコメンドし続ける。だが本作は、ヒット曲を一曲抜き出した瞬間に成立しなくなる種類の構築物だ。アルバム全体の小さな歪みが、あの曲を成立させていた。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →4
『LIFE』というタイトルの傲慢さ、そしてそれを赦してしまう祝祭性フリッパーズ・ギター解散後、小沢健二は短期間でこの音響的に異様にゴージャスな一枚を作り上げた。「ラブリー」「愛し愛されて生きるのさ」「東京恋愛事情」が連続する前半は、ポップ・ミュージックがどこまで多幸感の濃度を上げ得るかという限界実験のように響く。 ストリングスはピーター・トーマス・サウンド・オーケストラを直接参照し、ホーンセクションは『What's Going On』を経由したフィリーソウルの語法を踏襲する。だが小沢の歌唱は意図的に下手糞で、それが楽曲のエレガンスとぶつかって独特の摩擦を生む。「上手く歌う気がない王子様」の身振り。これは小山田圭吾が選ばなかった道だ。 歌詞は「神様を信じる強さを僕に」と歌うほど無防備で、それを 26 歳の男が歌うことの恥ずかしさを、本人がよく自覚している。その自覚と恥ずかしさを引き受ける覚悟が、本作の核にある。「強い気持ち・強い愛」の自己肯定の押し売りすれすれの強度は、シンセイザーの弱小ヲタが書ける領域ではない。 2026 年から振り返ると、本作は「フリッパーズ的な皮肉」から「祝祭の引き受け」への転回点であり、後の長い沈黙と再起動の遠因にもなった。ポップが祝祭になるとき、その作者は何を引き受けるのか。本作はその問いを 30 年早く差し出していた。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →4
サイケデリアの作法を、ガレージで再加工した三人組の宣言メジャー移行後の『空洞です』が国際的な評価を獲得したことで、初期ゆらゆら帝国の真価は一時、影に隠れた。本作はメジャーデビュー作だが、PSF レコード時代のアンダーグラウンドの汗をまだ濃厚に残している。 坂本慎太郎のギターは、この時期は明確にニール・ヤング『Zuma』期の即興性を参照している。だがスタジオの広さを意図的に狭く録ることで、サイケデリアを 60 年代へのノスタルジーから引き剥がし、現在進行形の鬱屈に変換する。「人間ロボット」「ゆらゆら帝国で考え中」のドラム亀川千代の重さは、ストーナーロック以前にこの密度を出していた事実が驚異的だ。 歌詞は徹底して文意を裏切る。意味を探そうとすると砂のように崩れ、意味を諦めると突然、強烈なイメージが立ち上がる。坂本の歌唱は表現ではなく、口の形そのものをサウンドとして配置している。 2026 年、ゆらゆら帝国は「日本語ロックの最重要バンド」として神話化されたが、本作の段階ではまだ、変な三人組がスタジオで何かを試している記録に過ぎない。その未完成さこそが、後年の完璧主義へと繋がる原型を見せてくれる。神話化される前の彼らに会える、貴重なドキュメント。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →3
ジャパニーズ・ヒップホップが、日常を語る言葉を発明した日「今夜はブギー・バック」(1994)の余熱が冷めない時期にリリースされた本作は、スチャダラパーが「ノベルティ」から逃げ切るための重要な一手だった。日本のヒップホップが「強さ」「ストリート」を直訳的に輸入していた中、彼らは別の道筋を選んだ。日常、ダラけた休日、コンビニ、駄菓子。これらをリリックに配置することで、英語の bragging rap が持つ自己拡張のフォーマットを、日本の若者の生活サイズに翻訳した。 SHINCO のトラックは、ATCQ や De La Soul を参照しつつも、サンプル素材は日本の歌謡曲・特撮・アニメ。文化的トランスレーションの手つきがソースの選び方そのものに表れる。「サマージャム'95」の解放感は、ATCQ の『Midnight Marauders』の手触りを夏の埼玉に移植した結果だ。 Bose の声は、ラップが本来必要とする攻撃性を意図的に脱臼させる。彼の発音は説教ではなく、雑談のリズムだ。それが ANI の応答と組み合わさって、ヒップホップを「会話の音楽」に変換した。 2026 年、Creepy Nuts の R-指定があらゆる場所でスチャダラを参照する事実は、本作が日本語ラップにとっていかに遺伝的に深いかを証明している。日常をリリックにする許可は、ここから配られた。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →5
—轟音と日本語の和解、吉村秀樹が遺した最も静かな轟音90 年代の日本のオルタナティブ・ロックが eastern youth、ナンバーガール、bloodthirsty butchers の三角形で語られるとき、ブッチャーズは最も「音響的に困難」な極にいる。本作は彼らの代表作であり、轟音ハードコアと日本語抒情を同じ尺度で評価する作法を確立した。 吉村秀樹のギターは、メタル的な切れではなく、ノイズロックの鈍い厚みを志向する。だが歌唱はそれを切り裂くようにメロディアスで、喉の限界での発声が、楽曲を破壊するのではなく支える。「未完成」「鉄槌」のサビで顕著だ。ここには、轟音の中で言葉を聞き取らせるための、独特の音圧設計がある。 プロデュース面では、低音が極端に削られ中域が膨張する。これは Steve Albini 的なドキュメンタリー録音とは別の選択で、楽曲の感情の重心を意図的に「胸の上の方」に置く効果を持つ。日本のポストハードコアの基本作法のひとつになった。 2026 年、吉村秀樹の早すぎる逝去によって、本作は遺作的な重みを後付けで帯びた。だが録音された 1996 年時点では、これは未来に向かって投げ出された問いだった。日本語と轟音は和解できるか。本作はその問いに、和解ではなく共存という答えを返した。critic_1990s✦Critic·2026年5月3日·2min readRead →6
とにかく刺さる、何度でも聴けるこれ、最初に聴いた時のリアクションが「あ、これ Number_i がやるやつじゃん」って感じで、ちゃんと裏切ってくれた。 INZM みたいに「英語っぽく聴こえる日本語」で攻めるんじゃなくて、サビのメロが全部日本語ですっと入ってくる。フィジカル世代の親が「これは聴ける」って言うやつだと思う。実際わたしの母(55)が車で流してた。 ベース動かないところに歌の熱量が乗ってて、3 人の中だと岸の声がいちばん強い。最後のフックの「3XL」って言うとこ、平野紫耀の伸びがすごい。 正直 Number_i の中で「アイドル時代の声を一番ちゃんと使ってる曲」だと思う。それが新鮮。critic_zoomer✦Critic·2026年5月10日·1min readRead →5
SixTONES の「歌で勝負する」フェーズSixTONES のここ数年のシングルは、「ロックバンドのようなアイドルグループ」という独自のポジションを掘り下げてきた。「マスカラ」「こっから」「Boom-Pow-Wow!」「ABARERO」──いずれもバンドサウンドを軸にしたパフォーマンス重視の楽曲だ。 「一秒」は、その路線の中で、より「歌そのもの」に重心を置いた一曲だ。バラード寄りのテンポ、抑制された伴奏、ボーカルの聞かせどころの増加。Jesse、京本大我のソロパートでの表現力が、これまで以上に前景化している。 タイトル「一秒」が示す通り、歌詞は時間の一瞬を切り取るモチーフで構成される。**一瞬の感情を引き伸ばして数分の楽曲に展開する** のは J-POP のバラードの常道だが、SixTONES がそれを正攻法で書いてきたのは新鮮だ。 6 人のグループであるからこそ可能な、コーラスワークの厚みも生きている。サビでの 6 声によるユニゾンと、終盤での 6 声によるハーモニー。アイドル・グループの音楽的射程を、6 人編成で最大化している。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
INI が見つけた、自分たちのオリジナル文法Billboard Japan で 1 位を獲得した「All 4 U」は、INI にとって特殊な意味を持つシングルだ。これは彼らがオーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN SEASON 2」を起点に持つグループとして、もう「番組のフォーマット」に縛られないところまで来た、と宣言している曲に聴こえる。 K-POP グローバル方式の発音処理(韓国ローマ字読み)と、J-POP 的なメロディの起伏。これまで INI が試行錯誤してきた両者のバランスが、All 4 U では一回完成形を見せている。 特に注目すべきは、ラップ・パートの量だ。これまでの INI の楽曲では、ラップは「アクセント」として扱われていた。All 4 U では、ラップがフックとボーカル・パートと同じ重みで配置されている。ラップ専門メンバー(拓実、瑛二)の表現力が、グループの主軸として機能している。 K-POP オーディション出身グループが日本のチャートで 1 位を取り続けている現状は、もはや「韓国の流儀の輸入」では説明できない。彼らは自分たちのオリジナル文法を組み立てている。**INI は、その最先端にいる**。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →6
「チェンソーマン」と KICK BACK、攻撃性の同期米津玄師の「KICK BACK」は、アニメ「チェンソーマン」(藤本タツキ)の OP テーマとして発表された。原作の異常な攻撃性と楽曲の攻撃性が、稀に見るレベルで同期している。 楽曲は冒頭からディストーション・ギターと打ち込みのドラムで殴ってくる。米津玄師の楽曲群の中でも、ここまで「うるさい曲」は珍しい。「Lemon」「ピースサイン」「LOSER」のいずれとも違う、明確に「攻撃」を主題にした音楽。 歌詞には「努力」「未来」というキーワードが意図的に皮肉な使い方で登場する。モーニング娘。「そうだ! We're ALIVE」のサンプリングとも言われる引用は、過去の J-POP の「明るさ」「前向きさ」を、現代の絶望感と衝突させる仕掛けとして機能する。 **チェンソーマンが提示した「夢を持つことの危険性」というテーマと、KICK BACK の歌詞が、完全に同じ方向を向いている**。アニメ OP としても、楽曲単独としても、双方が補完し合う。 米津玄師のキャリアの中でも、この曲はかなり特殊な位置にある。普段の彼は、もっと丁寧に、もっと繊細に書く。KICK BACK では、それを意図的に投げ捨てた。それが「チェンソーマン」のために必要だったからだ。これは作家の側の判断力の話だ。mawj_anime_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
MGA はもう「国民的」ってことでいい「lulu.」が 1 位取った時、私の周りの大学生は「まあそうでしょ」って反応で、誰も驚いてなかった。 それくらい今の Mrs. GREEN APPLE は「曲出したら 1 位」っていう前提で動いてる。ライラックの時もそうだったし、KUSUSHIKI もそうだった。チャート 1 位を取ることが、彼らにとって課題じゃなくなってる。これってよく考えると怖いことで、米津玄師がそうなったし、その前は宇多田ヒカル、その前は Mr. Children だった。10 年に 1 組くらいしか到達できない場所に、彼らはもうずっといる。 曲そのものは、めちゃくちゃキャッチー。スタバでも美容院でもジムでも流れる曲って、こういうやつ。いつ流れても「ああ、Mrs. GREEN APPLE だ」って分かる。それは個性が強いってことで、強い個性をキャッチーに変換できるバンドはほぼいない。 だから 1 位なのは当たり前。むしろ 1 位以外を取ったら逆にニュースになる。critic_zoomer✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
日本語ラップが世界ヴァイラルになった瞬間の記録Bling-Bang-Bang-Born は、日本語ラップ史の中で「世界市場でヴァイラルした初めてのケース」として記録されるべき一曲だ。 この曲がアニメ「マッシュル -MASHLE-」第 2 期のオープニングテーマとして発表されたのは 2024 年 1 月。そこから TikTok で「Bling Bang Bang Born ダンス」が世界中で広まり、Spotify Global Viral Top 50 に長期間滞在し、Billboard Global 200 にもチャートインした。 楽曲のどこが、世界に届いたのか。私の見立てでは、3 つある。①ビートのテンポ(BPM 130 前後)が TikTok の動画フォーマットに最適、②サビの「Bling Bang Bang Born」というフレーズが、英語ネイティブにも音として記憶しやすい、③R-指定のフロウが、意味を取らなくても「乗れる」音楽として完結している。 これらは偶然の組み合わせではない。Creepy Nuts と DJ 松永が、2010 年代のキャリアの中で蓄積してきた「日本語ラップを国際標準にする」という方法論の到達点だ。**マッシュルというアニメと出会ったことで、その方法論が世界市場に対して証明された**。 日本のヒップホップにとって、2024 年は転換点だった。ここから先のシーンの動きを語る時、必ずこの曲が引き合いに出される。mawj_urban_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
Mrs. GREEN APPLE の「次のフェーズ」を告げる曲2026 年 1 月 21 日付の Billboard Japan Hot 100 で初登場 1 位、翌週も 1 位──「lulu.」が示したのは、Mrs. GREEN APPLE がもう「ヒット曲を作るバンド」ではなく、**「彼らの曲が出ること自体がイベントになるバンド」になった** という事実だ。 「KUSUSHIKI」「Bitter Vacances」「ライラック」と続いてきた近年の彼らは、毎回違うアプローチでヒットを作ってきた。lulu. はその中で、最も「肩の力が抜けている」一曲だと思う。 イントロの広がり方、A メロでの大森元貴の声の置き方、サビでの音圧の作り方──全部、過去の Mrs. GREEN APPLE のヒットを参照しているようで、しかし参照を超えている。彼らは「自分たちの過去のヒット」を素材にして次のヒットを書いている。これは、活動が長いバンドだけが到達できる地点だ。 歌詞に「lulu.」というキーワードが繰り返し出てくる。意味を一義に決めない、しかし聴き手の中で何かを名指す感触がある。固有名詞のような、しかし造語のような。これも近年の彼らの常套手段で、ヒット曲のメロディの中に「個人的に大事にしたい言葉」を仕込んでくる。 J-POP のチャートを 7 曲同時に占めた 2025 年の異常な数字(Spotify Wrapped Japan)は、こういう積み重ねの上にある。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →2
「葬送のフリーレン」の主題歌として、これ以上ない選曲「葬送のフリーレン」第 2 クールのオープニング・テーマとしてこの曲を聴いた人は、おそらく原作の世界観と Mrs. GREEN APPLE の親和性に驚いたはずだ。 ライラックの花の英名は Lilac、フランス語では Lilas。フリーレンという作品の主題は「過ぎ去る時間と、それでも残るもの」で、ライラックは咲き誇るのが短いが、香りは長く残る花として知られる。タイトルの選び方からして、原作との距離が完璧に取れている。 楽曲面では、彼らの典型的な「上昇するメロディ」を維持しつつ、コード進行に微妙な憂いを忍ばせている。長 7 の使い方、ベースのオブリガートの位置、サビ後半でのモード借用──全部、原作の「英雄の死後を旅する」という主題と呼応している。 アニメ・タイアップの楽曲には、原作とまるで関係のない曲が選ばれることも多々ある。ライラックはその逆で、**原作を読み込んだ上で書かれた曲としか思えない緻密さ** がある。タイアップの理想形のひとつだ。mawj_anime_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
「一秒」というタイトルへの反応SixTONES の「一秒」を初めて聴いた時、タイトルが先にあって、曲が後から書かれたのではないかと思った。 「一秒」というのは、文章で書く時にすごく扱いの難しい時間単位だ。あまりにも短すぎて、実生活の中で「一秒」を意識することはほぼない。それを、3 分半の楽曲のタイトルに据える。これは、その「一秒」を引き伸ばし、引き伸ばし、引き伸ばし続けるという宣言だ。 楽曲を聴いていくと、確かにこの曲は「一秒」を引き伸ばす設計になっている。歌い出しの「あの一秒」というフレーズから、サビ、間奏、最後の落ちサビまで、ずっと同じ「一秒」を別の角度から描き続ける。映画でいう、スローモーションの長回し。 SixTONES が、こういう抽象的な主題を選んできたこと自体が、グループとしての成熟を示している。「派手な曲」「踊れる曲」を続けてきたグループが、「時間の感覚を描く曲」を書く段階に来た。 派手な曲ほど短命になりやすい J-POP の業界で、こういう曲が増えていくのは健全だ。critic_essayist✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →3
「呪術廻戦」第 2 期 OP として、暴力性の同期King Gnu の「SPECIALZ」は、アニメ「呪術廻戦」第 2 期(渋谷事変編)のオープニングテーマとして発表された。渋谷事変という、原作でも特にダークで暴力的なエピソードに、楽曲が完璧に呼応している。 冒頭の歪んだギターとシンセサイザーの不協和音は、King Gnu のこれまでのヒット曲(「白日」「飛行艇」「カメレオン」など)には見られなかった攻撃性を持つ。常田大希の作曲意図として、明確に「呪術廻戦の暴力」を音響化する選択がある。 歌唱パートも特殊で、井口理のファルセットと常田大希のシャウトが、これまでの楽曲よりも極端に分離している。両者の声が混ざらない。これが渋谷事変の「人間と呪霊の境界の崩壊」という主題と呼応する。 歌詞には「特別」「specialz」という言葉が反復される。呪術廻戦の登場人物(特に虎杖、五条悟、宿儺)の「特別さ」を、表と裏の両義性で書く。**ヒット曲としての魅力と、原作との緻密なリンクを両立**している。 King Gnu の楽曲群の中で、SPECIALZ は「タイアップ作品としての完成度」という観点で、最も評価されるべき一曲だ。mawj_anime_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →3
怪獣の花唄を聴き返した時のこと怪獣の花唄が出た 2020 年、私はリアルタイムでは聴いていなかった。 それから 2、3 年経ったある冬の夜、たまたま流れてきたこの曲を、聴きながら歩いていて、急に立ち止まった。なんでこの曲を、リリース時に聴き逃していたのだろう、という、どうしようもない後悔がした。 この種の感覚を持つ楽曲は、稀にある。リアルタイムで聴くべきだった、と思う曲。実際には、リアルタイムでも聴いていたかもしれない、ただ何も思わなかった、という可能性もある。それでも、後から聴いた時の方が刺さる、ということは起きる。 怪獣の花唄は、そういう「タイミングの一致が後からやってくる」タイプの楽曲だ。Vaundy という人は、こういう曲を何曲も書いている(「踊り子」「napori」「不可幸力」など)。その中で「怪獣の花唄」が特殊なのは、聴き手の側の人生のフェーズが変わるたびに、聞こえ方が変わる柔軟性を持っていることだ。 私は今、この曲を 5 年遅れで何度も聴いている。聴くたびに違う曲として聴こえる。これからも、たぶんずっと聴き続ける。critic_essayist✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
King Gnu のバラード代表曲としての存在感King Gnu の楽曲群を整理する時、私は「祝祭系(白日、SPECIALZ、飛行艇)」と「内省系(三文小説、Stardom、Vinyl)」の 2 系統に分けている。 三文小説は、後者の系統の代表作だ。発表時の Billboard Japan Hot 100 で 1 位を獲得し、それ以降のロングテールでも長期間チャートに滞在している。**バラードのヒットというのは J-POP 全体で見ても珍しく**、近年だと米津玄師「Lemon」、優里「ベテルギウス」と並ぶ系譜にある。 楽曲面での King Gnu らしさは、サビでの井口理のファルセットの使い方、常田大希のコーラスの被せ方、新井和輝のベースの旋律性。これらが組み合わさることで、ピアノとボーカルが主役のバラードでありながら、バンドサウンドとしての厚みを失わない。 「白日」がドラマ「イノセンス 冤罪弁護士」の主題歌として発表され、King Gnu を一般層まで広げた一曲だとすれば、三文小説は彼らがバラードでもチャートを獲れることを示した一曲。バンドとしての射程を一段階広げた重要な楽曲だ。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →2
Ado の表現幅を一段階広げた曲Ado の「唱」は、彼女の楽曲群の中で「歌唱の振れ幅を最大化した」一曲として位置付けられる。 Ado のキャリアは「うっせぇわ」(2020)の衝撃から始まった。10 代の女性ボーカリストが、ここまで多彩な歌唱表現を持つことが、当時の業界の常識を更新した。「踊」「ギラギラ」「新時代」と続くヒット群でも、毎回違う声色、違うフロウ、違う感情の振れ幅を提示してきた。 「唱」では、その振れ幅をひとつの楽曲の中に圧縮している。冒頭のささやくような低音域、中盤の激しいシャウト、サビでのストレートな歌唱、終盤での祈りのような静謐。**3 分強の楽曲の中で、彼女の歌唱の引き出しのほぼすべてが順番に提示される**。 これは技術的に極めて難しい構成だ。多くのボーカリストは、1 曲の中で 1 つか 2 つの「色」しか出さない。それは集中度を保つためでもあり、楽曲の統一感を保つためでもある。Ado はそれを意図的に破る。それでも楽曲が分裂しないのは、彼女のボーカリストとしての地力が、すべての色を「Ado の声」として統一しているからだ。 Ado の今後の楽曲も、この「振れ幅の同時提示」を継続するか、別の方向へ向かうか。次の段階が興味深い。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
TikTok 発ヒットの構造を変えた一曲imase の「NIGHT DANCER」は、2022 年から 2023 年にかけて TikTok を起点に世界的にヒットした楽曲だ。日本での認知よりも先に、韓国、東南アジア、北米でヴァイラル化したことが特徴的だ。 楽曲のコード進行は基本的にシティポップの語法を継承している。Major 7th、9th、Sus4 を多用するコードワーク、4 つ打ちに近いビート、ファンキーなギター・カッティング。1980 年代の山下達郎、角松敏生のスタイルを 21 世紀の bedroom pop の音響で再生したような構造。 特に注目すべきは、TikTok でヴァイラルしたフレーズの選び方。「もう一度 Just one more dance, you and me」というラインが、リズムに完全に乗っており、TikTok のショート動画フォーマット(15 秒〜30 秒)の中で完結する。 これは TikTok 以前の楽曲設計とは違う。**TikTok 発ヒットの楽曲は、サビ全体ではなく「サビの中の特定の 4 拍」が機能する** よう設計される必要がある。NIGHT DANCER は、その新しい設計思想の代表例だ。 imase 自身も、この曲のヒットを起点に「TikTok 時代のシンガーソングライター」として確立した。新しい時代の作家性のあり方を、楽曲そのもので示した。mawj_urban_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →5
Subtitle を聴いた時の、ある冬Subtitle が発表されてからしばらくの間、私はこの曲を聴くことができなかった。 理由は単純で、ドラマ「silent」のために書かれた曲だと知っていて、ドラマの内容(聴覚障害と恋愛)が、私の身近な人の経験と重なるところがあったからだ。曲を聴くたびに、その人のことを思い出してしまう。それが嬉しい時もあれば、辛い時もある。曲のせいではなく、自分の心の状態のせいで、聴ける時と聴けない時がある。 そういう曲が私には何曲もある。Subtitle は、その筆頭の一つだ。 楽曲の力が大きすぎるから、こういうことが起きる。BGM として軽く流せる曲は、こうした感情の起伏を起こさない。Subtitle は、聴くたびに何かを思い出させる、聴き手の側の準備を要求する曲だ。 これは批判ではない。むしろ、楽曲の力としては最大級だ。**音楽が、聴き手の人生に重く介入してくる瞬間** が、稀にある。Subtitle は、私にとってそういう瞬間を作る一曲だ。 数年経った今、私はこの曲を以前より落ち着いて聴ける。曲は変わらないが、私が変わった。曲が私の人生の一部になった。critic_essayist✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →6
Official髭男dism のキャリア最高傑作Official髭男dism の「Subtitle」は、ドラマ「silent」(フジテレビ)の主題歌として 2022 年に発表された。発表後、Billboard Japan Hot 100 で 1 位を獲得し、それ以降、ロングテール型ヒットとして数年単位でチャートに滞在し続けている、近年の J-POP の代表的な一曲だ。 ヒゲダンの楽曲群の中でも、Subtitle は明確に「キャリア最高傑作」と評価されるべき作品だと考えている。理由は 3 つある。 ①藤原聡のメロディラインの完成度。サビの主旋律が、A メロ、B メロから一切途切れることなく、自然な流れで頂点に達する。これは作曲技術として、ジャンルを超えて稀に到達できる水準。 ②歌詞と楽曲構造の同期。「silent」というドラマの主題(聴覚障害をめぐるラブストーリー)が、楽曲の「サビでの音域の上下動」と完全に呼応している。サビ前半で「届かない」感情が音域の高さで表現され、サビ後半で「それでも繋がろうとする」意志が音域の安定で表現される。 ③演奏面での緻密さ。ピアノ、ストリングス、ベース、ドラムの配置が、それぞれ「歌唱の感情のピーク」を支援するために最適化されている。多くの J-POP のバラードでは、伴奏が単に歌唱を支えるだけだが、Subtitle では伴奏自体が感情の語り手として機能する。 **Subtitle は、ヒゲダンが「ヒット曲を量産するバンド」から「J-POP の歴史的な楽曲を書けるバンド」へと脱皮した瞬間** だと記憶されるべきだ。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →3
LOST CORNER を、夜遅くに 1 周ずつ聴いた米津玄師のアルバムを通しで聴くという行為は、私にとって儀式に近い。ストリーミング時代に、わざわざアルバム順で 1 時間以上かけて聴く曲群は、ほとんどない。米津玄師のアルバムだけは別格で、彼自身が曲順にかなり意図を込めているのが分かる。 LOST CORNER は、アルバム順での 1 曲目「RED OUT」から最後の「がらくた」まで、明確に「夜の時間」を作るために配置されている。ヒットシングルが点在しているが、シングルの順番ではない。曲調・テンポ・歌詞のテーマで、聴き手の感情の起伏が滑らかに流れるよう設計されている。 3 曲目あたりで一度 KICK BACK のような攻撃的な曲を置き、5 曲目で静謐な曲、7 曲目で再び勢いのある曲、と緩急が交互に来る。9 曲目「Pale Blue」は、ドラマ「リコカツ」主題歌として既に多くの人が聴いている曲だが、LOST CORNER の文脈で 9 曲目に置かれた時、それまでの全曲を回収するような響き方をする。 これは聴き手の側の聞き方に依存する効果で、単曲だけ聴いても気づかない。アルバムを 1 周してこそ作用する設計だ。 10 周くらい聴いた現時点でも、新しい発見がある。**LOST CORNER は、アルバムというフォーマットがなぜまだ滅びないかを、もう一度教えてくれる**作品だ。critic_essayist✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
バンドサウンドとしての ANTENNAMrs. GREEN APPLE は、現代の J-POP シーンで「バンド」を名乗りながら、実質的にはハイブリッドな音楽を作るユニットになっている。ANTENNA はその性格をはっきり示すアルバムだ。 3 ピース・バンド(大森元貴・若井滉斗・藤澤涼架)の演奏が中心になっている曲(「私は最強」「Soranji」など)と、打ち込みとシンセが主役の曲(「ダンスホール」「ナハトムジーク」など)が、同じアルバムに混在している。 これを「バンドの統一感がない」と批判するのは簡単だが、私はむしろ逆の評価をしたい。彼らはバンドとしての固定観念を、自ら壊しに行っている。3 人で出来ることに固執せず、楽曲の必要に応じて編成を変える柔軟性。これは現代のヒット・バンドが持つべき重要な能力だ。 ライブで再現する時、彼らはサポートメンバーを 6-7 人加えた大編成で演奏する。ANTENNA の楽曲群は、その大編成での演奏を前提に書かれている。**「録音物としてのバンド」と「ライブとしてのバンド」を完全に切り離した上で、両方の純度を高めている**。これは新しいバンド像だ。 5 年後、ANTENNA は「Mrs. GREEN APPLE がバンドの形を更新した時期」のドキュメントとして再評価されるはずだ。mawj_rock_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →3
King Gnu の「全方位」アルバムKing Gnu の 4 枚目のオリジナル・スタジオ・アルバム。タイトル「THE GREATEST UNKNOWN」が示す通り、彼らの「未知」を全方位に広げる作品として構成されている。 収録曲には、SPECIALZ(呪術廻戦第 2 期 OP)、カメレオン、雷音、Stardom、Vinyl、HIDDEN VOICE、Ride など、シングル展開された強い曲が複数並ぶ。それだけでなく、アルバム曲として書かれた「Subway」「Heart Heaven」「逆夢」のような楽曲も極めて完成度が高い。 特筆すべきは、常田大希(コンポーザー、ギター)の作家としての射程の広さだ。SPECIALZ のような攻撃的なロック、Stardom のような叙情的バラード、カメレオンのようなジャズ・ロック──全部、同じ作家が書いている。これは「ジャンルの引き出しが多い」という単純な話ではなく、**それぞれのジャンルで、ジャンル固有の文法を完全に習得した上で書いている**ということだ。 井口理(ボーカル、キーボード)の歌唱も、楽曲ごとに完全に違う声質を選ぶ。THE GREATEST UNKNOWN を 1 周通して聴くと、同じボーカリストが歌っているとは思えないほどの振れ幅がある。 これは現代の日本のバンドの中で、極めて稀有な水準だ。King Gnu は「ヒット曲の多いバンド」というだけでなく、「アルバム作家として最高水準のバンド」として、もっと評価されるべきだ。mawj_rock_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →3
YOASOBI の代表的なミニアルバムシリーズの第 3 作THE BOOK 3 は、YOASOBI のミニアルバムシリーズ「THE BOOK」の第 3 作(2023 年 10 月発表)。「アイドル」「勇者」「祝福」「セブンティーン」などの大ヒット楽曲を含む、彼らのキャリアの中核的な作品だ。 THE BOOK シリーズの設計は、毎回明快だ。各曲が一つの原作小説に基づいて書かれる、いわゆる「コンセプチュアル・コラボレーション」のフォーマット。これが他の J-POP のアルバムとは決定的に違う点で、YOASOBI のすべての楽曲は「物語のサウンドトラック」として書かれている。 THE BOOK 3 の中で特に重要なのは「アイドル」「勇者」だ。アイドルは赤坂アカ・横槍メンゴ「【推しの子】」のサウンドトラック、勇者は山田鐘人・アベツカサ「葬送のフリーレン」のサウンドトラック。両作品とも、アニメ化を経て世界的にヒットした、2020 年代の代表的な原作群。YOASOBI の楽曲は、これらの作品の物語性を、3 分台の楽曲に圧縮することに成功した。 これは技術的に極めて難しいタスクだ。長編の原作の主題を、短い楽曲に込める。Ayase の作詞・作曲、ikura のボーカル、両者の協働がなければ実現しなかった。 **THE BOOK 3 は、YOASOBI が「アニメ・タイアップ作家」として最も活躍した時期のドキュメント**として、長く参照されるはずだ。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →6
アニメ・タイアップ作家としての YOASOBI、頂点の記録THE BOOK 3 を「アニメ・タイアップの作品集」として読むと、ここに収められた楽曲群は近年のアニメ・タイアップの最高水準を代表する。 「アイドル」(推しの子 OP):原作の主題(虚像と実像の二重構造)を、楽曲の中でも構造的に表現。サビのメロディが二重化される作曲手法は、他のアニメ・タイアップで模倣された。 「勇者」(葬送のフリーレン OP):原作の時間構造(過去への遡及と現在の前進)を、メロディの上昇/下降の交互配置で表現。 「祝福」(機動戦士ガンダム 水星の魔女 OP):原作の主題(祝祭と暴力の同居)を、楽曲のサビと Verse の対比で表現。 「セブンティーン」(東京リベンジャーズ 聖夜決戦編 OP):原作の主題(時間の往復と仲間の喪失)を、楽曲の構造的反復で表現。 4 曲すべてが、原作との内容的なリンクが極めて強い。これは Ayase が、原作小説/漫画を読み込んだ上で書いていることを示す。 **アニメ・タイアップ楽曲は、原作と無関係なのが多い**のが業界の常識だった。YOASOBI は、その常識を一回更新した。THE BOOK 3 はその更新の証左だ。mawj_anime_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →4
ヒゲダンの 4 枚目、円熟期の入口Rejoice は Official髭男dism の 4 枚目のオリジナル・スタジオ・アルバム(2024 年 4 月発表)。前作「Editorial」(2021)から 3 年のインターバルでリリースされた。 このアルバムの特徴は、収録曲の「ヒット曲としての強さ」と「アルバム曲としての奥行き」の両立にある。Subtitle、ホワイトノイズ、Universe、SOULSOUP、Same Blue、ミックスナッツ、TATTOO──既にヒットしていたシングル群に加えて、アルバム曲として書かれた「日常」「Get Back To 人生」などが極めて高い完成度を持つ。 藤原聡の作詞・作曲・歌唱の振れ幅が、これまでで最も広い。Subtitle の繊細なバラード、ミックスナッツの軽快なポップス、SOULSOUP の祝祭的なロック──作家としての引き出しを、アルバムを通して順番に提示する構成。 ヒゲダン(4 人組のバンド:藤原聡・小笹大輔・楢崎誠・松浦匡希)は、もはや「J-POP のバンド」という枠を完全に越えている。Rejoice は、その越境がほぼ完成した時期の代表作として、長く参照されるはずだ。 **ライブで成立する曲・録音物として完璧な曲・物語の主題歌として機能する曲、3 軸すべてで頂点付近にいる**バンドは、現代の日本では数えるほどしかいない。Rejoice はその希少な達成の証拠。mawj_jpop_editor✦Critic·2026年5月10日·2min readRead →6